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3/10

彼女の家に行く。

3話目です。

 

 明日は土曜日。

 つまり、付き合い始めて最初の休日が来る。


 だがそもそもぼくらは本当に付き合っているのか、という当然の疑問がいつも脳裏に付き纏う。


 図書館の自習室で互いに向かい合わせになりながらシャーペンを動かす。テストはまだ二週間も先だが、好成績を維持するには一週間前からの対策では到底間に合わない。


 猛烈な勢いで頭を働かせながらも、意識の大半は目の前でスラスラと空欄を埋めていく少女の姿に奪われていた。


「ん、どうしたの?」

「いや。梓も一応勉強はするんだなって思って」

「失礼な。これでも毎日二時間以上は勉強してるんだから」


 寧ろそれだけで学年一位が取れる事が羨ましい。

 単なる学力ではなく、"才能"の差を感じてチクリと針に刺されたように胸が痛んだ。


 勉強会に誘われたのは、今日の昼休み。

 勉強はあまり一緒に行うタチではないが、相手があの蓮見梓となれば話は変わる。学年一位を取り続ける彼女の勉強法を、目の前で観察できるのだ。


「梓はどうやって勉強してるの?」

「問題集をテキトーに数冊やって終わりかしら。あとは分からない所を先生に聞きに行くとか。逆に伊織はどうやってるの?」

「授業中の内職で、テスト一週間前までに宿題を完全に終わらせるんだ。その後残り一週間で二周目をやるって感じかな」

「うわぁ……授業フル無視とかサイテー」


 こうでもしないと、間違えた問題を完全に理解するのに時間が足りないのだ。さっさと問題の意味を理解して先に進めるほど、ぼくの頭は賢くない。


「そういう梓だって授業中割とふわふわしてる時あるよな。教科書の端にお絵描きなんかも……」

「わーわー!? なんで知ってるの!?」

「後ろの席だから誰が何やってるとか大体分かるんだよ。しかも最近は梓が何やってるか気になるし」

「う……分かりやすい先生とか、怖い先生の時は全然そんなことない無いのだけれど」


 ぼくは心の中で安堵する。いかに学年一の才女でも、授業の全時間集中している訳じゃないのか。


「教科書通りの説明とか、公式を丸暗記させるような先生じゃ、確かに眠くもなるな」

「そうそうっ。うわ、伊織も同じ事思ってたんだ」


 最近、梓がよく笑顔を見せるようになった。


 表情がコロコロと変わって、会話が弾む。高嶺の花だと思っていた存在が今では親しみやすい友人───否、彼女なのだ。


 普段なら気まずい沈黙も、今はゆったりと心地いい。

 筆が走る音だけが静寂の中に響き渡る。きっとぼくは、梓といる事を既に安心しきっているのかもしれない。



 □



「あー、終わった。そろそろ帰るか」

「お疲れ様。凄い集中力だった」


 驚いたように目を丸める梓。

 確かに途中から梓の存在すら気にせずひたすら勉強していたかもしれない。誰かと勉強する事に多少なりと感じていた忌避感が、雪解けの如くうっすらと消えていた。


 すっかりと日が暮れて闇が落ちた道を二人で歩く。

 車のヘッドライトが時々明るく照らすものの、まるで二人だけの空間に迷い込んだような不思議な静寂がぼく達を包む。



「ねえ、キスしてよ」

「なっ……今!?」

「だって今日してなかったから」

「えぇ……別に明日でも。だってここ外だし」

「じゃあ私死んじゃうね」

「……」


 ぼくは諦めて梓の小さな肩を抱き寄せる。梓は満足気に頬を緩めて、ぼくの胸元に身体を寄せた。


 外でのキスはちょっぴりドキドキして、落ち着かない。


 軽い、啄むようなキス。

 梓の柔らかな唇の感触がしっかりと伝わる。


「ん。ありがと」


 梓は付き合う前に言った。

 梓を好きじゃないからこそ、都合がいいのだと。


『それは、蓮見から見たぼくが『特別』で、ぼくが蓮見の事を好きじゃないって事に関係しているのか?』

『さすが……やっぱり伊織くんは賢いね』


 つまり、いくらキスを重ねても、ぼくは梓を好きになってはいけないという制約がある。ぼくが彼女を好きになった瞬間、梓にとってぼくは『特別』ではなくなるのだ。


 まるで出口の無い迷路に導かれたような複雑な心境。


 梓はそっとぼくから離れて、バス停の方へと向かった。

 ぼくは向かって反対側、家方面へと足を進める。


「ねえ、伊織」

「どした?」


 それはあまりにも唐突な、梓からの提案。

 一緒にコンビニにでもと誘われたように軽く放たれた言葉。


「……明日、私の家に来ない?」

「えっ」


 ぼくは思わず鞄を落とした。


 □


「ここか……」


 無料会話アプリ『LANE』のトーク履歴を遡りながら、ぼくはとある建物の前に立ち尽くす。そこは集合住宅のようで、その一室に現在ぼくの彼女は住んでいるそうだ。


 ゴクリ。


 ぼくが緊張しているのはそれだけが理由じゃない。

 彼女は現在親元を離れて一人暮らしで生活をしているらしく、つまりこの家には梓一人しか住んでいない事になる。


 年頃の男子で、交際相手と二人っきりになる状況を全く意識しない訳もなく、ぼくは緊張を隠しきれないでいた。


 お化け屋敷でももう少しましな控えめな足取りで階段を登り、部屋の前にあるインターホンに手を伸ばす。悶々と数秒悩み抜いて僕は意を決してボタンを押し込む───。


「何してるの?」

「うわぁ!!」


 薄い長袖のTシャツ一枚の姿で、片手に小さなビニール袋を持った梓が隣から現れた。「よっ」と軽めな挨拶に、ぼくは恨めしげに睨み返す。


「ごめんごめん、まさかそんなに驚くとは思わなくて」

「そりゃ正面から出てくるって予想してていきなり横から声をかけられたら驚くでしょうよ」

「コンビニにお菓子買いに行ってたの。ほら、これあげるから機嫌直してよ」


 差し出されたのは、二百円くらいかかるちょっとお高めなグミだ。お菓子類の中では個人的最大級の贅沢品である。


「おぉ……!」

「玄関の前で突っ立ってないで、早く入って。なんかこんな場面他の人に見られるのは恥ずかしいから」

「う、うん。お邪魔します」


 背中を優しく押されながら、ぼくは梓の家に転がり込む。柑橘系の香水の匂いがふわっと漂う。


 部屋の中は女の子らしく可愛く装飾が施された部屋というよりは、生活品を最低限に整えられた機能重視の部屋という印象だ。普段寝ているであろうベッドや寛ぐ為のソファー、テレビ、キッチン等の設備も割と近くに纏まっていた。


 正に一人暮らし用の、大きすぎない部屋。

 そんな完全なパーソナルスペースにぼくは招かれた。


 彼女がいう『特別』が今、体現された形だろう。


「で、何する? 一応勉強道具は持ってきたけど」

「うわ……真面目か。ゲームしようよ」

「え。あ、あぁ……別にいいけど」


 梓がゲーム?

 腕前に多少なりとも自信があるのか。


「どうせ失礼な事でも考えているんでしょ。私だって、たまにゲームで遊んだりする事くらいあるよ」


 家庭用の据え置き型ゲーム機を取り出す。ぼくにリモコンを一つ手渡すとゲームを起動し始めた。肩が触れ合うくらいに、ぼくの横へとピッタリくっつく。


「暑い……」

「いいじゃん別に」


 梓はぼくが動揺するのを見て楽しんでいる。

 手のひらで弄ばれているような気がして少し悔しかった。


「ちなみに負けたら罰ゲームありね」

「は? いや、聞いてないし……」

「今言った。それじゃあよーい、スタート!」



 負けた。めちゃくちゃ強かった。


「さてさてさて。何してもらおっか」


  恐らく自分が勝てると最初から踏んで罰ゲームを用意しておいたのだ。終了後に罰ゲームの話を持ち出せば仕切り直しを要求させると思って、敢えて最初から言及したと。


 とびきり上機嫌な梓が今更罰ゲームを撤回する訳もなく、ぼくは深いため息と共に覚悟を決める。



「……してよ、私と」


「は?」



 ぼくはポカンと梓の顔を見つめた。

 当人は神妙な面持ちで、されど躊躇う事無く口にした。


きっと何かの誤解だと疑う。しかし梓は期待した反応と違って己の服に手をかけた。


「彼氏なんだから。いいでしょ?」

「いや……それは」

「それとも、他に好きな人がいるの?」


 梓の様子はおかしかった。必要以上に何かに駆られていて、ぼくと距離を詰める事に必死になっている。息を荒々しく、ぼくの肩を鷲掴む。重力に従って、ぼすんとベッドに倒れ込んだ。


 胸元は僅かに肌けて、谷間が垣間見えた。

 ぼくの視線に気付いても隠す様子はなく、寧ろ見せつけるように彼女は身体を寄せた。


 何か、違和感を感じた。

 付き合い始めてから。否、付き合い始める以前から。


 学校一の美少女が彼女になった喜びで、今の今まで必死に違和感から目を逸らし続けた。でも、今向き合わなければ後悔する。


 胸元のボタンを上から順に外していく梓の手首を強く握り締めた。えっ、と反応を示す前に強引に身体を起こしてぼくが馬乗りになる。男と女の力量差なら当然だ。


 ()()()()()()()()()()()()()()

 気まずそうに梓は目を逸らす。ぼくは敢えて無視する事無く問い詰める事にした。



「……なんだよこれ」
















次は夜9時くらいに投稿かと。

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