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彼女を好きになってはいけない。

5話位までは今日中に投稿すると思います。

 放課後、部活動に励む声に若干の後ろめたさを感じながら、ぼくは屋上のドアを開けた。夏もとっくに過ぎ、秋の涼やかな風がぼくを出迎える。


 瞬間、その場は異様な雰囲気に支配された。

 少女一人を残して他に誰もいない。今はこの幽さが少し心細く感じた。生唾を飲み込んで、無心で歩く。


 平常運転、平常運転だ。


 ぼくの存在に気が付いた少女は、くるりと身体を回してぼくに向き直る。蓮見梓、彼女の顔がほんのりと赤く染まって見えるのはきっと夕暮れのせいではないだろう。


「本当に来たんだ。ちょっと意外かも」

「蓮見こそ、いきなり何の用なんだ?」


 いたって普通に、何も期待しない風を装う。

 乾いた口を何とか唾で潤して続く言葉を探す。


「……気になる?」

「当たり前だ。何の用もないなら帰るけど」


 嘘だ。何が何でも問い詰めたい所をぐっと堪えた。


 質問には答えず、ジリジリと蓮見は距離を詰めてくる。

 距離が近付くに連れて心臓の鼓動が大きくなる。


「な、なにを……」


 蓮見の顔が急接近する。陶器のようなきめ細やかな白い素肌が、ぼくの頬を優しく撫でる。男より仄かに温かな柔らかい手がそっと首の後ろに回され引き寄せられる。


 抵抗出来なかった。いきなりの事で頭が回らない。

 見ると蓮見の唇がぼくの眼前にあった。


 ほんの数センチ、動くと触れてしまう距離。

 お互いの存在が嫌でも強く意識される距離。


 キスをする。なんの返答も受けぬまま。

 高嶺の花だった蓮見梓と、ぼくは……。




()()()




 ぼくの口は、明確な拒絶を表した。

 ぼくの身体は、自然と彼女を突き飛ばした。


 ほとんど本能に近い動き。何故、そんな事をしてしまったのか分からない。せっかくのチャンスを棒に振って。


 ぼくは、何をしているんだ。


「あ……いや、これは───」


「───()()、ね」


「えっ……?」


 ぼくは魔法が解かれたようにきょとんとする。

 蓮見は納得げに頷くとぼくの肩を掴んだ。


「伊織くん。私と付き合ってよ」

「はあ? 訳が分からない。たった今俺はお前を拒絶して……」

「そう。()()()()()()()()()()()


 数学の最終問題よりもタチが悪い。

 国語の文章問題よりも理解出来ない。


 この問題は複雑怪奇で、非合理的だ。

 蓮見梓は、ぼくに問題を仕掛けている。


「で、どう。付き合う?」

「断る」

「そう。なら、ますます付き合いたくなっちゃった」

「……お前なあ」


 ぼくは何となく一つの解を導いた。


「そうか、分かったぞ。蓮見、お前はもしかしてクラスの男子全員を惚れさせたいっていう欲望があるんじゃないか?」

「不正解。伊織くんの中の私ってそんなビッチなの?」

「うっ……違う、のか」

「そんな学園漫画じゃあるまいし。ないよそんなの」


 ただ、と蓮見は髪をくるくると弄りながら答えた。


「まあ……少し、おしいけど」

「それは、蓮見から見たぼくが『特別』で、ぼくが蓮見の事を好きじゃないって事に関係しているのか?」

「さすが……やっぱり伊織くんは賢いね」


 ぼくを馬鹿にしているのか、こいつ。

 学年一位からの言葉は全部が全部嫌味にしか聞こえない。


「じゃ、蓮見はぼくがお前に靡かない事を知っていて、わざと手紙を寄越したりキスを迫ったって事か。やっぱりビッ───」

「違〜う! なんでそうなるかなっ」


 蓮見はプクッと頬を膨らませた。どんな事情があるにせよ、蓮見がぼくを嫌っている印象はあまり見られない。やはり、何かの問題提起なのか?


「コホン、なら本当の理由を話そうかな」


 ようやくだ。

 ぼくは肩を下ろして言い合うのをやめた。



「私はね───」


 ごうっと強い風が靡く。蓮見の長髪がふわりと揺れた。

 躊躇いつつも、意を決して口を開く少女。心做しか唇が小刻みに震えているように見えた。


「私は、1()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 目には真剣な光が宿っていた。冗談や嘘じゃない、そう伝えるようにハッキリとぼくの目を見て彼女は答えた。


「学年一位の蓮見梓の口からそんな言葉が出てくるとは」

「ほ、本当なんだってば……!」


 うーん、嘘くさい。ぼくは踵を返す素振りを見せると、ぼくの服の裾をガッチリと掴んで蓮見は引き留めにかかる。


「じゃあ今まではどうしてた?」

「……呪いの効果は明日から有効で───」

「今日じゃなく明日なのかよ」

「そ、それは……その。心の準備が」


 都合いいな、その呪い。

 信じたぼくが馬鹿だった。


「お願い。じゃなきゃ私……本当に」


 どうしてそこまで必死なのか、ぼくはふと疑問を抱いた。

 学年一位になれるほどの学力と、運動神経抜群の肉体、男子の殆どを魅了してしまう美貌を持ち、天から欲しいがままを手に入れていた少女が今更何を望むのか。


 その欲望が、何の変哲もないただの同級生にしか映らないであろうぼくへと向けられている事実。


 ぼくに隠された何かを蓮見梓は欲している。

 ぼくは……それが知りたい。


 蓮見の眦には涙の跡が見えた。

 その刹那、雷に打たれたかのような衝撃を覚えた。


 この告白にはちゃんとした意味がある。

 たとえ裏にどんな事情が隠されていても、蓮見は「本気」で交際を申し出た。ぼくはそれを単なる冗談や嘘だと決めつけてぞんざいに扱うのは、あまりにも卑怯だ。


「蓮見。そこまで言うなら……分かった。付き合うよ」

「ほ、ほんとっ……」

「ただし、条件がある。この関係がいつまて続くのか、どうやったら終わるのか教えてくれ」

「……それは」


 蓮見は目を逸らして言い淀む。

 定期試験ですら見た事ない苦悶の表情。

 国が欲しがる程の頭脳で今、高速で何かを思考している。


 やがて。


「ごめん……()()教えられない」


 蓮見は、今度こそ茹でた林檎のように顔を赤らめて、年相応の表情を浮かべた。


 ドキン、とぼくの心臓が脈を打つ。


「きょ、今日は……ありがと」


 蓮見は逃げるように去っていく。お互いの関係が明確に変わった。ぼくはあの、蓮見梓と付き合う事になったのだ。


「……"伊織"、またね」

「あ、うん。また……あ、"梓"」


 甘酸っぱさが染み渡る。全身が溶けるかのように暑く火照って、背中には無数の汗を浮かべた。ふと現実に戻ると、外周を走る陸上部の掛け声が耳へと届いた。


 フェンス越しに部活の様子を見た。

 不思議と活力が有り余っている。


「……部活、行くか」


 ぼくもしばらくしてから屋上を後にした。



 □



「え。先輩キモイ」


 部活終わり、まるで汚物を見るような視線で明日原はぼくに告げた。真夏は過ぎたとはいえ、道着や防具を着込んでの稽古、多少の汗くらいはかくだろうに。


「はいはい。帰ったら風呂入るよ」

「いや、なんのボケだし。じゃなくて、なんでサボるはずの先輩がちゃんと部活来てるんですか?」

「……まあ、暇だったから?」

「暇で部活来る先輩とか、明日は雹が降りますね……」


 息を吐くように毒を撒き散らす明日原。しかし彼女の双眸には純粋な驚きを浮かべるのみだった。


「先輩、もしかして何かありました?」

「何かって、例えば?」

「誰かに告白されて付き合う事になったとか」


 鋭ッ!?

 どストライク攻めてくるじゃんこの子!?


「は、はあ? ぼくに限ってそんな……」

「でも先輩憎いくらいにモテますもんね。成績優秀だしスポーツもそこそこ。顔だって平均以上です」

「あ、ありがとう……?」

「とにかく、そんな余程の大事件が無ければ、先輩がクラブに自主参加するなんて有り得ないんです!!」


 どうなってんだよ、明日原の中のぼくは!


「まあ心配するな。今日のは本当に気まぐれだから。というかサボりすぎて同じ部員からの視線も痛いし、たまには顔を出しとかないとな」


 ぼくは着替え終えて、カバンを持つ。不思議といつも付き纏っていた部活終わりの気だるさがなく、今日は羽が生えたように軽い。ぼくは浮かれているのか。


 ほんの数時間前に起こった一大イベント。

 なんの前触れもなく訪れた人生の転換期。


 ぼくの青春の1ページに間違いなく刻まれる事だろう。


「明日原、帰ろ」

「はい。先輩バス停まで荷物持って〜」

「だる。自分で持て」

「……と言いつつ手を伸ばすあたり流石ですね」


 ふにゃっと頬を緩めながら後ろを付いてくる明日原。部活終わりにぼくを荷物持ちにする癖があるのですっかり馴染んでしまった。


「先輩、日曜日この映画一緒に行きませんか」

「いくら出るの?」

「なんでバイト感覚!?」


 その日は結局いつも通りの一日に戻ってしまった。



 □


 ぼくのファーストキスをあっさりと奪ったのは、昨日ぼくの彼女になった女の子だ。

 昼休み、約束の履行を遂げた。呪いを封じる一手はあまりにも強力で、戻りかけた日常を強制的に非日常へと誘った。


 甘く蕩けてしまうような優しい粘膜の接触。

 音のない世界でただぼくは唯一の彼女を眺めた。


「どう?」

「びっくりした」

「それだけ?」

「……気持ちよかった」


 殆ど誘導尋問のようだ。抵抗すらろくに出来ずに本心がポロポロと漏れ出てしまう。そんな極限状態に陥ったぼくを救ったのは、学校側が齎す鐘の響きだった。


「じゃあ、また放課後ね」


 梓が言った交際の終わりはいつ来るのか。

 まるで一時の夢を見ているような、浮遊感に包まれた不思議な気分だった。夢であるが故に、些細な違和感を払拭できない。


 ぼくは、学校一の美少女が彼女になった喜びに、ただひたすら酔いしれてしまっていた。











数日の間で投稿し終えると思いますがお付き合い下さい。

ブクマ等して頂けると嬉しいです。

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