百五十六話目
「……っよし。行くか」
愛用の自転車に跨ってグッとペダルに力を込める。緩慢に、のろのろと動き出していたがしばらくしてスピードに乗ってグイグイと加速していく。耳元で唸る風の音を聞きながら、俺は学校へ一目散に向かっていった。
やがて見えてくるのは校舎。まだ人は来ていないようで、どことなく不気味さを感じさせた。だが、まあ、それも仕方ないだろう。だって今は、朝の六時半。いつもならまだ寝ている時間だ。ましてやウチは女子が多い。何かと朝の用意も大変だろう。
そんなことを考えているうちに学校に到着。やはりまだ生徒どころか先生すら来ていないようだ。ため息を一つ漏らして玄関に向かって扉を開くとやや軋んだ音を立てながらひらいてくれた。ちなみにこれ……スーの仕業である。監視カメラがないのをいいことに学校をたまに徘徊してるそうだ。全く、付喪神と言うのは自由すぎると、いまさらながらに思ってしまう。
「……ま、いいか」
気持ちを入れ替えるように大きく深呼吸をしてから靴を履きかえて四階へと小走りで向かっていく。何故だか、そこで無意識に口の端が吊りあがっていることに気づいた。
「ああ、そうか。楽しみなんだな、俺」
そう思うとなんだか力が沸いてくるような気がして、ますます階段を上る速度を上げていく。数分もしないうちの到着するや否や、すぐに準備室の扉を開け、
「よう。待たせたな」
『では、さっそく……』
「ああ、やろうか」
すでに臨戦態勢となっている二人。もうウォーミングアップは済ませているようだ。
楽器体へと戻った二人を抱えてまずは音楽室へ入室。おそらく筋トレを済ませた後にロングトーンをするだろうから、あらかじめ用意しておくのだ。二人を慎重に下ろしてからもう一度準備室に戻って今度は譜面台と楽譜を用意。もう準備は万端だった。
「お、早いね」
「あ、桶田先輩。おはようございます!」
「よしよし、いい返事。もうみんな来ているよ」
確かに耳を澄ませてみれば生徒たちの笑い声が聞こえる。その中にはなぜか先生らしき声も混じっていた。
「うっし……やりますか」
ボキボキと指の骨と首の骨を慣らし、トントンとその場で飛び跳ねてリラックス。やがて完全に緊張がほぐれ、ベストに近いコンディションになり始めた。後は楽器を吹いて調節するだけである。
続々と入ってきては楽器を持ってまた音楽室へ戻ってくる部員たち。桶田先輩が来てほんの数分ほどで全員がその場に揃っていた。みんなやる気は十分のようで、すでに臨戦態勢に入っていた。
「みんな。集合」
『はい!』
先生の呼び声に応え、円を作って集合する俺たち。一拍置いて、
「わかってると思うけど、今日が最後の練習だ。明日は練習じゃない。本番だということを強く自覚してくれ」
『はい!』
「ここまで来たら後はやりきるだけだ。全力で、今日の練習を終えて、また全力で本番に臨もう。いいね?」
『はい!』
「よし! それじゃ、今から腕立て三十、腹筋三十、背筋三十をそれぞれ三セット!」
『はい!』
すぐさま離散し、地べたに横になって構えを取る。しばらくして桶田先輩のコールがかかり、一斉に開始した。少しでも演奏に時間を割きたいのか、少しテンポが速めだ。そのせいで、あまりこれが得手ではない部員たちは辛そうな顔をしている……が、心は折れていない。
歯を食いしばって、悔しさをこらえて、懸命に取り組んでいる。
俺も彼らに負けないようにしっかりと筋トレを行う。脳内麻薬でも出ているのか、一切疲れは感じない。ランニング・ハイならぬパフォーマーズ・ハイとでもいうのだろうか?
何にせよ、好都合だ。これで……万全の演奏ができる。




