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第8話 魔王軍緊急幹部会:我が君のハニートラップ作戦

魔王城の一角、辛うじて倒壊を免れた会議室に、魔王軍の最高幹部たちが緊急招集されていた。

脳筋の竜魔人ガルドス、妖艶な吸血鬼リリアーナ、陰気な呪術師モルディア、生真面目な魔導士ファウストの四天王である。


「――というわけで、諸君らを集めたのは他でもない」


上座に立つのは、四天王を束ねる摂政の老魔族、宰相バルトロだ。彼は深刻な面持ちで書類を掲げた。


「魔王様が、行方不明になられた」


会議室に、重い沈黙が落ちた。


「な、なんですと!?」


竜魔人ガルドスが、机を叩いて立ち上がった。


「あの聖女の侵攻の後、魔王様の姿がどこにも見当たらない! 城の主要部は半壊、正門は消滅、そして魔王様は忽然と姿を消された!」


「まさか、聖女に連れ去られたのでは……」


呪術師モルディアが、陰気な声で呟いた。その言葉に、一同の顔色がさらに青ざめる。


「そんな……! 我が君が、あの悪魔の聖女に……!」


吸血鬼リリアーナが、扇で口元を隠しながら悲痛な声を漏らした。


しかし実のところ、ディアボロスは行方不明でも拉致されたわけでもなく、単に城の外れの、比較的無事だった自室で明日の「デートの準備」に頭を悩ませているだけだった。もちろん、幹部たちはそんなことを知る由もない。


「情報を整理しましょう」


生真面目な魔導士ファウストが、冷静に発言した。


「聖女は単身で城に侵攻し、防衛部隊を壊滅させ、玉座の間にまで到達。その後、魔王様の姿は忽然と消え、城には破壊の跡だけが残された。これらの事実から導き出される結論は――」


一同が固唾を飲んで見守る中、ファウストは震える声で告げた。


「魔王様は、聖女によって、どこかに連れ去られ、監禁されている可能性が高い」


「なんてことだ……!」


ガルドスが拳を握りしめた。


「あの悪魔め! 我が君を人質に、魔界を蹂躙するつもりか!」


「いえ、待ってください」


リリアーナが、ふと何かに気づいたように顔を上げた。


「聖女は世界最強の攻撃力を持つと聞いています。もし本当に魔王様を害するつもりなら、この場で命を奪うだけで済むはず。わざわざ連れ去る必要があるでしょうか?」


会議室に、再び沈黙が落ちた。


「……つまり?」


「もしかすると――」


リリアーナは、扇の陰で妖艶に微笑んだ。彼女の思考回路もまた、決して一般的なものではなかった。


「魔王様は、あえて自ら聖女の元へ赴かれたのではないでしょうか。我が魔界を守るため、身を挺して」


「な、なんと……!」


「聖女の攻撃性を、自らの身を盾にして和らげようとされている……。まさに、我が君らしい献身……!」


一同の間に、感嘆のどよめきが広がった。


「そういえば、魔王様は常日頃から仰っていた。『民のためなら、いかなる犠牲も厭わぬ』と……!」


ガルドスが、涙ぐみながら拳を握りしめた。


「魔王様は、自らを聖女に差し出し、いわゆる『ハニートラップ』によって彼女の心を懐柔し、魔界への攻撃を止めようとされているのだ……!」


「なんという犠牲的精神……!」


モルディアも、珍しく声を震わせながら頷いた。


「我々は、その崇高な覚悟を無駄にしてはならぬ」


 



 


こうして、事実とは似ても似つかない盛大な勘違いが、魔王軍幹部の間で確固たる「真実」として定着してしまった。


「よろしいですか、諸君」


宰相バルトロが、厳粛な声で告げた。


「我らが魔王様は、御身を犠牲にして、魔界の存亡をかけた戦いに身を投じておられる。我々にできることは、ただ一つ」


「――邪魔をせず、見守ることだ」


四天王全員が、力強く頷いた。


「魔王様が聖女とどのような『交渉』をされていようと、我々は決してそれを妨げてはならぬ。むしろ、魔王様が円滑に事を進められるよう、陰ながら支援すべきであろう」


「支援、とは具体的には?」


ファウストが尋ねると、バルトロは深く頷いた。


「万が一、魔王様が人間界に出向かれることがあれば、その道中の安全を密かに確保し、決して邪魔立てせぬこと。それが、我らにできる最大の忠義である」


こうして、魔王軍幹部たちは、ディアボロスが命がけの「婚活訓練」に身を投じていることなど露知らず、それを「魔界を救うための崇高な自己犠牲」だと信じ込み、全力で後押しする体制を整えてしまったのだった。


当の本人が、この盛大な誤解にいつ気づくのか――それはまだ、誰にも分からない。

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