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第7話 聖女、初めての「かりのコイビト」

魔王城の一室――といっても、先の戦闘でほとんどの部屋が崩壊してしまったため、辛うじて原型を保っていた応接間に、ディアボロスとセシリアは向き合って座っていた。


「改めて、確認だが」


ディアボロスは、努めて落ち着いた声で切り出した。


「俺は、貴殿の『婚活の練習相手』――いわば、仮の恋人ということになる。それでよいな?」


「はい! よろしくお願いします、ディアボロス様!」


セシリアは満面の笑みで頷いた。その表情には一切の陰りもなく、むしろ憧れの人と初めてお付き合いすることになったかのような、少女らしい高揚感すら滲んでいる。


(この状況で、なぜこんなに嬉しそうにできるんだ……)


ディアボロスは内心で首をひねりつつも、表面上は泰然自若とした態度を崩さなかった。


「では、まず確認しておきたいのだが」


「はい、何でしょう?」


「貴殿の言う『普通の恋』とは、具体的にどのようなものを想定しているのだ?」


セシリアは、少し考え込むような仕草をしてから、胸元から一冊の本を取り出した。表紙には、頬を染めた男女が見つめ合う挿絵が描かれている。恋愛小説だった。


「こちらを参考にしております!」


「……その一冊だけか?」


「あとはこちらも」


セシリアは、もう一冊、やや扇情的な表紙の本を取り出した。ディアボロスは思わず片手で顔を覆った。


(知識のソースが完全に偏っている……! これは前途多難だぞ……!)


「な、なるほど。つまり、貴殿はこれらの物語に描かれるような『恋愛』を、実際に体験してみたいということだな」


「その通りです! 手を繋いだり、お弁当を作ってあげたり、街でデートをしたり……! ずっと憧れていたんです」


セシリアの瞳が、きらきらと輝いていた。その無邪気さは、確かに年頃の少女らしいものではある。ただし、その少女が持つ膂力と魔力が、大陸をも揺るがすレベルであることを除けば、の話だが。


「わ、分かった。ならば、そういった一つ一つを、実際に試していこうというわけだな」


「はい! ディアボロス様と一緒に、初めての恋を、一つずつ経験していきたいです!」


セシリアは、ぱあっと顔を輝かせながらそう言った。


その屈託のない笑顔に、ディアボロスは一瞬、言葉に詰まった。


(……くそ、これが厄介なんだ。悪意がまったくないから、突き放すこともできない)


彼は内心で自分にそう言い聞かせながら、静かに頷いた。


「承知した。では、一つずつ、共に経験していこう」


「はい! よろしくお願いします!」


 



 


「では、まずは何から始めればいいのでしょうか?」


セシリアが、目を輝かせながら尋ねた。


ディアボロスは、しばし思案した後、比較的無難な提案をすることにした。


「まずは、人間の街に出て、互いに人間として振る舞う練習をするのが良いだろう。デートというものは、まず街に出るところから始まる」


「街に出る、ですね! 分かりました!」


「その前に――貴殿には、正体を隠すための変装をしてもらう必要がある。聖女服のままでは、あまりに目立ちすぎる」


「変装、ですか。承知しました!」


セシリアは元気よく頷いた。その素直さだけは、ディアボロスにとって唯一の救いだった。


「よし。ならば明日、街に出る準備をしておくように。俺の方でも、こちらで準備をしておく」


「はい! 楽しみにしております、ディアボロス様!」


セシリアは、まるで恋する乙女のような表情でそう言うと、深々と一礼して応接間を後にした。


一人残されたディアボロスは、長い長いため息をついた。


「……はぁ」


彼はまだ知らない。この後、待ち受けているのが「変装」という名の、更なる胃痛の始まりであることを。


魔界の絶対君主にして世界最強の魔族――ディアボロスの受難は、まだ幕を開けたばかりであった。

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