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第6話 命をかけた交渉(命乞いとも言う)

魔王城の瓦礫の広場に、奇妙な沈黙が流れていた。


セシリアは頬を染めたまま、両手を胸の前で組み、うっとりとした表情でディアボロスを見つめている。

一方のディアボロスは、内心で盛大に自分自身を罵っていた。


(俺は今、何を口走った……!? 婚活の練習相手だと……!? 正気か、俺は……!)


だが、後悔している暇はなかった。すでに賽は投げられている。今さら前言撤回などすれば、彼女の機嫌を損ね、次の瞬間には魔界ごと消し飛ばされかねない。


「あの、ディアボロス様」


セシリアが、恥ずかしそうに尋ねた。


「本当に……よろしいのですか? 魔王様ともあろうお方が、私のような小娘の婚活相手など……」


(小娘の姿をした災害級の存在の間違いだろう!)


心の中でそう叫びながらも、ディアボロスは表情を崩さず、努めて余裕のある笑みを浮かべた。


「構わぬ。むしろ、これも一興というものだ」


「一興、ですか」


「そうだとも。人間界の『恋愛』とやらに、俺も少々興味があったのでな」


真っ赤な嘘である。ディアボロスにとって恋愛など、これまでの魔王人生において欠片も興味を抱いたことのない分野だった。だが今この瞬間、生存のためならどんな嘘でも並べる覚悟ができていた。


「ただし――」


ディアボロスは、ここぞとばかりに交渉を続けた。人質を取られた状態での命乞いにも似た、必死の駆け引きである。


「先ほども言った通り、条件がある。改めて確認させてもらうぞ」


「はい!」


「第一に、俺との『デート』の最中、絶対に力任せの行動を取らないこと。人や物を傷つけないよう、常に自制を心掛けること」


「はい、頑張ります!」


「第二に、この魔界及び魔王城への攻撃は、以後一切禁止とする」


「もちろんです。もう魔王様を倒す必要はありませんから」


「第三に――」


ディアボロスは、一拍置いてから、最も重要な条件を告げた。


「俺が魔王であることは、当面の間、伏せておいてもらいたい。人間界の街に出る際は、互いに正体を隠して行動する」


セシリアは、こくりと頷いた。


「分かりました。私も、一応、正体を隠した方がよろしいですよね」


「ぜひそうしてくれ」


(大聖女の正体丸出しで街を歩かれてみろ、それだけで大騒動になるわ……!)


そんな内心を押し隠しながら、ディアボロスは静かに息を吐いた。


 



 


交渉が一段落したところで、ディアボロスはふと我に返った。


自分は今、魔界の絶対君主でありながら、人類最強の兵器とも言うべき少女相手に、必死の命乞いをして生き延びたのだ。しかも、その内容は「婚活の練習相手」という、魔王としての威厳などかけらもない役回りである。


(俺は……一体何をしているんだ……)


自嘲めいた思考が頭をよぎるが、それでも「生きている」という事実の前では、どんな屈辱も些細なことに思えた。


「では、さっそくですが……」


セシリアが、期待に満ちた瞳でディアボロスを見上げた。


「いつから、デートの練習を始めましょうか?」


「……早ければ早いほどいい、と俺は思うが」


本音を言えば、一刻も早く彼女を人間界に戻し、二度とこの城に近づかせたくないというのが本心だった。


「では、明日はいかがでしょう!」


「明日か。よかろう」


「わあ、楽しみです!」


セシリアは、両手を合わせて無邪気に喜んだ。その拍子に、彼女の足元の瓦礫がぱらぱらと崩れ落ちる。本人はまるで気づいていない。


ディアボロスは、その光景を見ながら、心の中でひっそりと涙した。


(俺の胃は、これから一体どうなってしまうのだろうか……)


魔界の絶対君主が、たった一人の少女の存在によって、生存戦略という名の「婚活訓練」に身を投じることを余儀なくされる。

その滑稽で、しかしどこか切実な運命の歯車が、ゆっくりと、しかし確実に回り始めていた。

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