表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/31

第5話 世界一不憫な魔王の誕生


(このままでは、死ぬ)


ディアボロスの脳裏に、その一言だけが繰り返し木霊していた。


目の前の少女――セシリアは、再び両手に光の粒子を集め始めている。彼女の表情に迷いは一切なく、むしろ「次はどんな愛を届けようか」とでも言いたげな、無邪気な笑みすら浮かべていた。


(普通の敵ではない。話が通じないわけではない……いや、通じてはいるが、根本的に思考回路がズレている……!)


ディアボロスは瓦礫の中で必死に頭を働かせた。魔界の絶対君主として幾多の戦を制してきた彼の戦略眼が、今この瞬間、警鐘を打ち鳴らしていた。


(正面から戦えば、魔界が滅ぶ)


これは決して大げさな表現ではなかった。

たった一撃の「愛の癒やし」で、魔界随一の要塞である魔王城がここまでの惨状に陥ったのだ。もしセシリアが本気で敵意を持ち、全力で攻撃を仕掛けてくれば、魔界そのものが地図から消え去りかねない。


(この女は、悪意なく世界を滅ぼせる。正確に言えば、悪意がないからこそ手加減という概念が存在しない……!)


ディアボロスの背中に、冷たい汗がびっしょりと浮かんでいた。魔王としての誇りも、絶対君主としての威厳も、今この瞬間はすべて二の次だった。


「ま、待ってくれ!」


ディアボロスは叫んだ。生存本能が、彼の口を勝手に動かしていた。


セシリアが集めていた光をふと止め、小首をかしげる。


「?」


「そ、その、もう少し話をしよう。なぜなら――」


ディアボロスは必死に思考を巡らせた。彼女を止める理由。彼女が納得する理由。そして、自分が生き延びられる理由。


(あの女の目的は『世界平和』ではなく『寿退社』だ。つまり――魔王討伐そのものが目的ではなく、あくまで『普通の恋』を叶えるための手段に過ぎない)


その瞬間、ディアボロスの脳裏に一つの光明が差した。


「な、なぜならば――貴殿の目的は、俺を倒すことそのものではあるまい!」


「え?」


「貴殿の本当の望みは……『普通の恋をして結婚すること』のはずだ。違うか?」


セシリアの表情が、ぱっと変わった。まるで長年誰も分かってくれなかった悩みを、初めて理解してもらえたかのような、驚きと喜びの入り混じった顔。


「そ、その通りです! よくお分かりで……!」


「な、ならば――俺を倒す必要など、そもそもないのではないか?」


ディアボロスは、震える声を必死に絞り出しながら続けた。


「討伐というのは、あくまで手段の一つに過ぎまい。もし他に、貴殿の目的を叶える手立てがあるとすれば――」


セシリアの瞳が、きらきらと輝き始めた。


「他の手立て、ですか……?」


ディアボロスは、この一瞬に全てを賭けることにした。魔王としての矜持を投げ捨て、生存という最も原始的な欲求のために。


「そうだ。例えば――」


 



 


沈黙が玉座の間、もとい吹きさらしになった瓦礫の広場に流れた。


ディアボロスは、汗だくになりながらも、覚悟を決めた表情で言い放った。


「――俺が、貴殿の『婚活の練習相手』になろう」


「……え?」


セシリアが、ぽかんと口を開けた。


「貴殿の言う『普通の恋』というものが、一体どういうものか、俺には分からぬ。だが、貴殿もまた、それをよく分かっていないのではないか? 何しろ、貴殿の知識のソースは『少女漫画と官能小説』程度なのだろう」


「な、なぜそれを……」


「言動から一目瞭然だ」


ディアボロスは、内心の恐怖を必死に隠しながら、可能な限り威厳のある声で続けた。


「ならば、実践あるのみ。俺が仮の恋人として、貴殿の婚活の練習相手になってやる。人間の街に出て、普通のデートというものを経験してみればいい」


「わ、私と……あなたが、デート……」


セシリアの顔が、みるみる赤く染まっていく。両手が頬に添えられ、瞳がうるうると潤み始めた。


(よし……! この女、単純だ……! 押せば通じる……!)


ディアボロスは内心で快哉を叫びながらも、表情には出さず、あくまで泰然自若とした態度を装った。


「その代わり――条件がある。デートの間は、絶対に、街や人々に危害を加えないこと。それから、この魔界にも、二度と単身で攻め込まないこと」


「は、はい! 分かりました!」


セシリアは、まるで恋する乙女のように頬を染めたまま、こくこくと何度も頷いた。


「では……よろしくお願いします、ディアボロス様……!」


「あ、ああ……こちらこそ、よろしく頼む……」


その握手を交わす手が、ディアボロスの方だけ、小刻みに震えていた。


(生き延びた……。生き延びたぞ、俺は……!)


魔王城の瓦礫の中、絶望的な状況から、辛うじて命を繋ぎ止めた魔王。

だが同時に、彼はまだ気づいていなかった。この瞬間から、地獄のような「婚活訓練」の日々が、いよいよ幕を開けようとしていることに。


こうして、世界史上最も不憫な魔王が、この日、誕生したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ