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第4話 これが私の愛の癒やし(爆発物)です!

「私の愛を、受け取っていただきたいのです」


セシリアの掌に凝縮されていく神聖光は、もはや光というより、小さな太陽と呼ぶべき代物だった。玉座の間の空気がびりびりと震え、壁に飾られていた歴代魔王の肖像画がぱらぱらと崩れ落ちていく。


「ま、待て、待ってくれ!」


ディアボロスは玉座の背後に隠れながら、思わず叫んだ。魔界の絶対君主ともあろう者が、である。だが今この瞬間、彼の魔王としての矜持よりも生存本能が勝っていた。


「その『愛』とやらは、一体何をするつもりだ!?」


「はい! これは、私が持つ最上位の回復魔法――『聖光の癒やし』です!」


セシリアは目を輝かせながら答えた。少しも悪意のない、むしろ誇らしげな笑顔だった。


「魔王様は長年の激務でお疲れでしょうし、傷だらけの体を癒やして差し上げたくて。それに――」


彼女は頬をほんのり染めながら続けた。


「愛する人には、まず自分の持てる最高のものを差し出す。それが恋愛小説に書いてあった作法ですので」


「い、いや、待て。俺は今、傷など一つも――」


ディアボロスの言葉は最後まで続かなかった。


「では、遠慮なく!」


セシリアが両手を突き出した瞬間、掌に凝縮されていた光の塊が、轟音と共にディアボロスめがけて解き放たれた。


回復魔法「ヒール」――本来であれば、傷ついた者の細胞を優しく修復し、痛みを取り除く癒やしの奇跡である。

しかし、セシリアの神聖魔力の出力は常軌を逸していた。ギガトン級の魔力で「軽く癒やそう」としただけで、対象の細胞は過剰活性化を起こし、修復の域を超えて暴走する。

つまり――爆発する。


「うおおおおおおおおお!!」


ディアボロスは咄嗟に、持てる限りの魔力を全身に纏わせて防御した。だがそれでも、直撃の衝撃は凄まじく、玉座の間の壁という壁が一斉に吹き飛び、天井が丸ごと消し飛んだ。


轟音と閃光。魔王城の上空高くまで、まばゆい光の柱が立ち昇る。

遠く離れた魔界の集落からも、その光がはっきりと見えたという。


 



 


土煙が晴れた玉座の間――もとい、天井も壁もなくなり、瓦礫だけが残った吹きさらしの空間で、ディアボロスはがくがくと震えながらも、辛うじて二本の足で立っていた。


全身に纏った魔力障壁のおかげで、辛うじて肉体は無事だったが、着ていた豪奢な魔王装束はほとんど焼け焦げ、ボロ布同然になっている。


「はぁ……はぁ……い、生きて、いる……のか、俺は……」


「あ、良かった! 少し威力が強すぎたみたいで心配しましたが、ちゃんと耐えていただけましたね!」


セシリアは満足げに拍手をした。心の底から、良いことをしたと信じている表情である。


「魔王様、とてもお強いんですね。この愛の癒やしに耐えられる方、初めて見ました」


「……お前は今、俺を殺しかけたことに気づいているか?」


ディアボロスは、震える声を絞り出した。


「殺す? まさか! これは癒やしです。愛です」


セシリアはきょとんとした顔で首をかしげた。本気で理解していない。その純粋さが、逆にディアボロスの背筋を凍らせる。


(こいつ……悪意がないから余計にタチが悪い……! これが善意でやってるだと……!?)


ディアボロスは、瓦礫の中で必死に思考を巡らせた。


正面から戦うという選択肢は、すでに脳裏から消えていた。

玉座の間に足を踏み入れてから、まだ五分も経っていない。それだけの時間で、魔界随一の要塞と呼ばれた魔王城は、半壊どころではない有り様になっている。


もし彼女が本気で「敵意」を持って攻撃してきたなら――そう考えただけで、ディアボロスは今度こそ本当に膝が笑いそうになった。


(これは……対話でどうにかするしかない。いや、対話が通じるかどうかも怪しいが……!)


「あ、あの、セシリア殿と言ったか」


「はい! セシリアとお呼びください」


「な、なぜ、貴殿は魔王城まで単身で乗り込んできたのだ……。その、目的を、聞かせてもらえるか」


ディアボロスは、震える膝を叱咤しながら、可能な限り威厳を保とうと努めた。もっとも、ボロボロの装束のまま瓦礫に半分埋もれた状態では、威厳もへったくれもなかったが。


セシリアは、その質問を待っていたとばかりに、ぱあっと表情を輝かせた。


「はい! 実は――」


彼女は胸の前で両手を組み、頬を染めながら、まるで少女漫画のヒロインのように語り始めた。


「私、二十歳になりまして。そろそろ普通の恋をして、普通に結婚して、寿退社したいのです。ですが、世界に戦乱がある限り、聖女の私は聖務から逃れられません」


「……ふむ」


「そこで考えました。世界最大の脅威である魔王様を討伐すれば、世界は平和になり、私も晴れて寿退社できると!」


ディアボロスは、瓦礫の上でずるりと崩れ落ちそうになった。


(世界征服が目的でも、報復でもない……。まさかの『寿退社』を賭けた、婚活のための魔王討伐だと……!?)


彼の常識では到底理解できない理論だった。だが、目の前の少女が本気でそう信じ切っていることだけは、痛いほど伝わってくる。


「というわけで、魔王様。これから正々堂々と、あなたを討伐させていただきます」


セシリアはにこやかに、しかし躊躇なくそう告げた。その手には、再び光の粒子が集まり始めている。


ディアボロスの脳裏に、一つの単語が電光石火の如く閃いた。


――このままでは、死ぬ。


魔界の絶対君主として君臨してきたディアボロスが、初めて心の底から実感した、純粋な生存本能。

彼はとっさに、この絶望的な状況を打開するための「何か」を、必死に探し始めるのだった。

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