第49話 命がけのプロポーズと、誓いのキス
「――では、誓いの証として、指輪の交換を」
神父の言葉に、二人は、それぞれの指輪を、静かに取り出した。
竜の鱗と聖銀を織り交ぜて作られた、特別な意匠の指輪である。これもまた、両世界の職人たちが、総力を挙げて仕上げた逸品だった。
ディアボロスは、震える手でセシリアの指に、そっと指輪をはめた。
「――綺麗にはまったな」
彼は、安堵の息を漏らしながら、そう呟いた。
続いて、セシリアも、彼の指に、同じく丁寧に指輪をはめていく。
「はい、こちらも、ぴったりです」
二人は、互いの指に輝く指輪を見つめながら、静かに微笑み合った。
*
「では――」
神父が、これまでにない緊張した面持ちで、続けた。
「新郎より、新婦への、最後の言葉を」
会場全体の視線が、再びディアボロスへと集まった。
彼は、深く息を吸い込むと、セシリアの手を、そっと両手で包み込んだ。
「セシル」
「はい」
「これまで、貴殿との日々は、常に予測不能で、そして――正直に言えば、俺の胃には、これ以上ないほどの負担をかけ続けてきた」
会場から、控えめな笑い声が漏れた。セシリアも、少し恥ずかしそうに笑った。
「だが」
ディアボロスは、真っ直ぐに、彼女の目を見つめながら、続けた。
「その一つ一つの騒動が、俺にとって、これまでの人生で最も鮮やかで、そして、かけがえのない記憶となった」
「ディアボロス様……」
「これから先も、貴殿と共にいれば、俺の胃は、きっと休まる暇がないだろう」
彼は、少し照れくさそうに、しかし確かな覚悟を込めて、続けた。
「だが、それでも構わない。むしろ、望むところだ」
彼は、跪くように、片膝をついた。
「――俺の胃を、これから先も、一生キリキリさせてくれ。それが、貴殿と共に生きるということならば、俺は、喜んでその運命を受け入れよう」
*
その、あまりにも彼らしい、命がけのプロポーズの言葉に、会場全体が、驚きと、そして温かい笑いに包まれた。
「――ぷっ、なんという求婚の言葉だ」
「いや、しかし、あの聖女様相手には、これ以上ないほど、的確な誓いなのかもしれぬ」
会場のあちこちから、微笑ましい笑い声が上がった。
セシリアは、涙を溢れさせながら、大きく頷いた。
「はい――喜んで、寿退社いたします!」
彼女の、これまでの人生の目標そのものを体現するような、その返事に、会場は、これまで以上の温かな拍手と歓声に包まれた。
「では――誓いのキスを」
神父の言葉に、ディアボロスは、静かに立ち上がると、セシリアの元へと歩み寄った。
*
二人は、互いに見つめ合いながら、ゆっくりと顔を近づけていった。
会場全体が、固唾を飲んで、その瞬間を見守っている。
(――これで、ようやく、この長い物語に、一つの区切りがつくのだな)
ディアボロスは、そんなことを考えながら、静かに目を閉じた。
セシリアもまた、これまでの日々を振り返るように、幸福感に満ちた表情で、目を閉じていく。
そして、二人の唇が、静かに重なった。
会場全体が、これ以上ないほどの、盛大な拍手と歓声に包まれた。
「万歳! 万歳!」
「聖女様、魔王様、おめでとうございます!」
四天王たちも、涙を流しながら、力の限り拍手を送っていた。
だが――。
この幸福な瞬間、セシリアの胸の内に溢れる、これまでにないほどの歓喜の感情が、彼女自身の制御の範疇を、静かに、しかし確実に超え始めていることに、この場の誰一人として、気づいてはいなかったのである。




