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第47話 前夜祭の静けさ(嵐の前)

国を挙げた突貫工事の末、結婚式の準備は、ついに前日を迎えるまでに至った。


大聖堂の周囲には、竜の鱗を織り込んだ防魔繊維で補強された会場が、これまでにない威容を誇って完成していた。まるで、小さな要塞のようにも見えるその佇まいは、これから執り行われる式の特殊性を、雄弁に物語っていた。


式の前夜、ディアボロスとセシリアは、大聖堂の裏手にある、静かな中庭で、二人きりの時間を過ごしていた。


夜空には、無数の星々が瞬いている。人間界の星も、魔界の紅い星も、この夜だけは、同じ空の下で、共に輝いているように見えた。


「――明日で、いよいよだな」


ディアボロスが、静かにそう呟いた。


「はい。あっという間の日々でした」


セシリアも、穏やかな表情で頷いた。


 



 


「思えば、貴殿がこの城に攻め込んできてから、まだそれほど長い月日が経ったわけではないのだな」


ディアボロスは、これまでの日々を振り返るように、続けた。


「石畳を粉砕された待ち合わせ。光る弁当。下級魔族の殲滅。上着を引き裂かれた事件。王子の骨を砕いた握手。そして――城の三分の二を消し飛ばした、あの日」


「そ、その節は、大変ご迷惑をおかけしました……」


セシリアが、少し恥ずかしそうに俯いた。


「いや」


ディアボロスは、優しい声で続けた。


「今となっては、そのすべてが、俺にとってかけがえのない思い出だ。貴殿という存在に出会わなければ、俺は今も、ただ冷徹に統治するだけの、味気ない日々を送っていたことだろう」


「ディアボロス様……」


セシリアの瞳が、うっすらと潤んだ。


 



 


「明日、貴殿と、正式に夫婦になる」


ディアボロスは、彼女の手を、そっと取った。


「正直に言えば、まだ実感が湧かぬ部分もある。だが」


彼は、真剣な眼差しで、続けた。


「貴殿と共に、これから先の人生を歩んでいけることを、心から嬉しく思っている」


「私も、同じ気持ちです」


セシリアは、涙ぐみながら、微笑んだ。


「明日でお前の婚活も終わりだな」


ディアボロスは、少しからかうような口調で、そう言った。


「はい。私の長かった『寿退社への道』も、ついに完結を迎えるのですね」


セシリアは、くすりと笑いながら答えた。


「あなたの胃袋は、私が一生掴みます――物理的な意味で」


「それは、頼もしいような、恐ろしいような、複雑な宣言だな」


ディアボロスは、苦笑まじりに、そう答えた。


 



 


二人は、しばし、穏やかな沈黙を共有していた。


「――なあ、セシル」


「はい?」


「貴殿は、これから先も、その力を、完全に制御できるようにはならないかもしれん」


「……はい。正直、そう思います」


「だが、それでいい。俺は、貴殿のそのままの姿を、これからも、共に受け止めていくつもりだ」


ディアボロスの言葉に、セシリアは、深く頷いた。


「ありがとうございます、ディアボロス様。私も、これからも、精一杯、あなたの隣にいられるよう、努力いたします」


「ああ、期待している」


夜風が、静かに二人の間を通り抜けていった。


明日訪れる、盛大な――そして、おそらくは前代未聞の規模の騒動を伴うであろう結婚式を前に、二人は、この静かな前夜の時間を、大切に噛み締めていたのだった。


「では、そろそろ休むとしよう。明日は、長い一日になる」


「はい。おやすみなさい、ディアボロス様」


「ああ、おやすみ」


二人は、それぞれの部屋へと戻っていった。


穏やかな夜の静けさの中に、これから訪れる、爆音と共に鳴り響くであろう「世界平和の鐘」への、確かな予感が、そっと漂っていたのだった。


 

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