第46話 結婚式の準備は軍事作戦
両家の顔合わせを無事に終え、いよいよ結婚式の準備が本格的に始まることとなった。
だが、この結婚式の準備というものが、これまでの数々の騒動にも劣らぬ、壮大な難事業になろうとは、関係者の誰もが、この時点では想像していなかった。
「――まず、最大の課題は、式場の強度です」
大聖堂の一室で開かれた準備会議にて、教会の建築技師が、深刻な表情でそう切り出した。
「聖女様の魔力は、感情が昂った際、これまでの記録を鑑みても、常軌を逸した規模に達します。結婚式という、人生における最大の感動の場面において、聖女様が普段以上に感情を昂らせることは、火を見るより明らかです」
「つまり、通常の建材では、式の最中に会場が崩壊しかねない、ということか」
ディアボロスが、深刻な表情で頷いた。
「その通りでございます。過去の記録によれば、聖女様が感極まった際の魔力放出は、下手をすれば、城塞クラスの防御力を持つ建造物すら、粉砕しかねません」
「な、なるほど……。それは、由々しき事態だな」
*
こうして、結婚式の準備は、単なる祝いの支度というよりも、まるで国家規模の防衛プロジェクトのような様相を呈していくこととなった。
「教会の壁と天井には、竜の鱗を織り込んだ特殊な防魔繊維を使用いたします!」
建築技師が、図面を示しながら、力強く説明した。
「さらに、床には、魔族の秘術による衝撃吸収の結界を、幾重にも張り巡らせます!」
魔界側の魔導士――生真面目なファウストが、こちらも真剣な表情で付け加えた。
「聖女様の花嫁衣装についても、特別な配慮が必要です」
教会お抱えの仕立て師が、緊張した面持ちで発言した。
「純白のドレスは、聖女様の神聖魔力と共鳴しやすい素材でございます。通常の生地では、式の最中に、魔力の圧に耐えきれず、破損してしまう恐れがございます」
「ならば、どうすればよい」
「魔界の防魔素材と、教会の聖布とを織り交ぜた、特注の生地を開発いたします! 現在、両世界の職人が、総力を挙げて研究を進めております」
*
準備が進むにつれ、教会の周辺には、これまでにない規模の工事現場が広がっていった。
「石材の搬入、急いでくれ! 式まで、あと十日しかないぞ!」
「防魔結界の設置班、こちらへ!」
「花嫁衣装の試作品、三十七着目が完成いたしました!」
まさに、国を挙げた突貫工事である。人間界と魔界、双方の職人や技術者たちが、これまでの敵対関係を一時棚上げにし、一丸となって、この前代未聞のプロジェクトに取り組んでいた。
「――なんというか、これはもう、結婚式の準備というより、要塞の建設だな」
ディアボロスは、その光景を見ながら、苦笑まじりにそう呟いた。
「あら、でも、皆様がこんなに一生懸命になってくださって、嬉しいですね」
セシリアが、無邪気にそう答えた。彼女自身は、この準備の大変さの根本原因が、他ならぬ自分自身にあることに、あまり自覚がない様子だった。
「まあ、な……。だが、この苦労も、貴殿と共に、無事に式を挙げるためだと思えば、悪くない」
ディアボロスは、そう言いながら、彼女の隣に立ち、進捗の続く工事現場を見つめた。
*
そんな中、ドレスの試着も、着々と進められていた。
「聖女様、こちらの特注ドレス、いかがでしょうか」
仕立て師が、幾重にも防魔加工が施された、純白のウェディングドレスを、セシリアに差し出した。
「わあ、とても綺麗です……!」
セシリアは、感激した様子で、そのドレスに袖を通した。
だが、その瞬間、彼女の感激の度合いに反応するように、うっすらと神聖魔力が漏れ出し始めた。
「せ、聖女様! 少し落ち着いて――」
仕立て師が、慌てて声をかけた。
「あ、す、すみません! つい……」
セシリアが、慌てて深呼吸をすると、幸いにも、ドレスは特注の防魔加工のおかげで、その圧に耐えきることができた。
「よかった……! この試作品で、三十八着目にして、ようやく合格でございます!」
仕立て師が、涙目になりながら、そう報告した。
こうして、幾多の試行錯誤と、両世界の総力を挙げた突貫工事の末、結婚式の準備は、少しずつ、しかし着実に、その完成へと近づいていったのだった。




