第45話 両家の顔合わせ(地獄絵図)
記者会見から数日後、聖ルスニア王国の大聖堂にて、婚約に伴う「両家の顔合わせ」が執り行われることとなった。
会場となった大聖堂の一室には、教会側から、最高枢機卿を筆頭とする重鎮たちが、そして魔界側からは、四天王――ガルドス、リリアーナ、モルディア、ファウストと、宰相バルトロが、それぞれ居並んでいた。
「――では、両家の顔合わせを、これより始めさせていただきます」
司会役の神官が、緊張の面持ちで、そう告げた。
会場の空気は、これ以上ないほど張り詰めていた。長年にわたり敵対関係にあった、人間界の教会関係者と、魔界の重鎮たちが、一堂に会するのである。互いに、探るような視線を交わしながら、一触即発の空気が漂っていた。
「――ふん」
竜魔人ガルドスが、教会側の重鎮たちを、値踏みするような目で見据えた。
「人間どもが、これほど間近で見られるとはな」
「あら、随分と挑発的な物言いですこと」
教会側の枢機卿の一人が、ぴくりと眉を動かした。
「我々教会は、これまで魔界の侵略から、人間界を守り続けてきたのです。あなた方魔族に、そのような口を叩かれる筋合いはございません」
「なんだと? 我々こそ、聖女殿の暴走によって、幾度となく甚大な被害を受けてきたのだぞ!」
「あら、それはお互い様でしょう。あなた方魔族の侵攻がなければ、聖女様も、力を振るう必要などなかったはずですわ」
*
たちまち、両陣営の間に、険悪な言い争いが始まった。
「言わせておけば……! 我らが魔王様は、人間界のために――」
「魔王が何をしようと、これまでの被害が帳消しになるわけではありません!」
「――皆様、どうか、お静かに願います」
その険悪な雰囲気を、静かに、しかし確かな圧をもって収めたのは、セシリアだった。
彼女は、にこやかな笑みを浮かべながら、両陣営に、丁寧にお茶を配り始めた。
「せっかくの顔合わせの場です。まずは、お茶でも召し上がりながら、落ち着いてお話しいたしましょう」
彼女の手つきは、これまでにないほど、優雅で丁寧なものだった。だが、その笑顔の奥には、有無を言わさぬ、確かな圧力が滲んでいた。
「あ、ああ……。いただこう」
ガルドスが、思わず居住まいを正しながら、差し出されたカップを受け取った。
「ありがとうございます、聖女様」
教会側の枢機卿も、同じく、居住まいを正しながら、お茶を受け取った。
セシリアの纏う、この場を制圧するかのような笑顔の圧に、両陣営の言い争いは、瞬く間に鎮まっていった。
*
「――さて、皆様」
セシリアは、全員にお茶が行き渡ったのを確認すると、改めて口を開いた。
「ディアボロス様と私は、これから共に、新しい世界を築いていこうと考えております。そのためには、まず、皆様同士が、お互いを理解し合うことが、何よりも大切だと思うのです」
「そ、それは、その通りですが……」
「無論、これまでの長い争いの歴史を、一朝一夕で忘れることは難しいでしょう。ですが」
セシリアは、穏やかな、しかし確かな決意を込めた声で、続けた。
「私たちの婚約を機に、少しずつでも、お互いを知る努力を、していただけたらと思うのです」
その言葉に、教会側の重鎮たちも、魔界側の四天王たちも、しばし黙り込んだ。
「……確かに、聖女様の仰る通りかもしれません」
最高枢機卿が、静かに頷いた。
「我々も、いつまでも過去の争いに囚われているわけには、いかぬのでしょう」
「――そうだな」
宰相バルトロも、深く頷いた。
「魔王様が、身を挺して勝ち取られた、この新たな時代を、我々も、しっかりと受け止めねばならぬ」
*
こうして、当初は一触即発だった両家の顔合わせは、セシリアの、ある種の「威圧的な優しさ」によって、辛うじて穏便な形へと収束していった。
「では、改めて――今後とも、どうぞよろしくお願いいたします」
セシリアが、深々と一礼すると、教会側と魔界側の両陣営も、ぎこちないながらも、互いに頭を下げ合った。
その様子を、少し離れた場所で見守っていたディアボロスは、密かに安堵の息をついた。
(この女の、この威圧的なまでの優しさが、なければ、この場は、収拾がつかなかっただろうな)
彼は、改めて、セシリアという存在の底知れなさを、実感せずにはいられなかった。
こうして、地獄絵図になりかけた両家の顔合わせは、無事――とは言い難いまでも、なんとか大きな衝突を避ける形で、幕を閉じたのだった。




