第43話 え? 知ってましたけど?(大嘘)
「これは、正式な求婚だ。改めて、返事を聞かせてほしい」
ディアボロスの言葉に、セシリアの瞳から、大粒の涙が、次から次へと零れ落ちていった。
「ディアボロス様……」
彼女は、震える声で、その名を呼んだ。
「わ、私……」
セシリアは、しばし言葉に詰まりながらも、必死に気持ちを整理しようとしていた。だが、その一方で、彼女の中には、これまでの人生で培われた、ある種の「見栄」のようなものも、同時に頭をもたげ始めていた。
(せ、正体を明かされた時、あんなに驚いてしまいましたが……。ここで、あまりに動揺した様子を見せては、聖女としての、ひいては恋する乙女としての、余裕がないと思われてしまうかもしれません……!)
「ええと、その」
セシリアは、涙を拭いながら、努めて平静を装おうとした。
「実は、私――」
「うむ?」
「最初から、気づいていましたよ!」
セシリアは、胸を張りながら、そう言い切った。
*
「――なに?」
ディアボロスは、思わず聞き返した。
「最初から、貴殿がこの城に攻め込んできた、あの日からか?」
「そ、そうです! なんとなく、その、ディオ様――いえ、ディアボロス様が、只者ではない気配を纏っていらっしゃることには、薄々気づいていたのです!」
セシリアは、なおも堂々とした態度で、そう主張し続けた。
だが、その視線は、わずかに泳いでおり、頬もほんのりと赤らんでいる。彼女の内心を、如実に物語っていた。
(本当は、たった今知ったばかりなのですが……! でも、今さら『実は全く気づいていませんでした』とは、言い出しづらい雰囲気になってしまいました……!)
「ほう。それは、初耳だな」
ディアボロスは、彼女の様子を見ながら、内心で苦笑した。
(これまでの反応を見る限り、まったく気づいていなかったことは、明白なのだがな……)
だが、彼は、あえてその矛盾を指摘することはしなかった。彼女のその健気な強がりもまた、彼女らしい愛らしさの一部であると、既に理解し始めていたからである。
「そうか。では、俺の正体を知った上で、貴殿は、どう思っていたのだ」
ディアボロスは、あえて話を先に進めることにした。
*
「そ、それは、その……」
セシリアは、一瞬言葉に詰まったが、すぐに、これまでにない、晴れやかな笑顔を浮かべた。
「魔王様であるなら、むしろ、これ以上ないほど、素晴らしいお相手だと思います!」
「――なぜだ」
「だって、考えてみてください!」
セシリアは、両手を胸の前で組み、興奮した様子で語り始めた。
「私が求めていたのは、『世界を平和にして、寿退社をすること』でした。魔王様であるディアボロス様と結ばれれば、人間界と魔界の争いは終わり、世界は真の平和を迎えます。そして――」
彼女は、これまでにない、満面の笑みを浮かべながら、続けた。
「私も、晴れて聖女としての務めから、寿退社することができるのです! これほど、私の望みに完璧に合致するお相手が、他にいるでしょうか!」
その、あまりにも彼女らしい理論に、ディアボロスは、思わず声を上げて笑ってしまった。
「――ふはっ! なるほど、そういう理屈になるのか」
「お、おかしいでしょうか?」
「いや」
ディアボロスは、笑いを収めながら、優しい眼差しでセシリアを見つめた。
「貴殿らしい、実に見事な理論だと思っただけだ」
「あ、あら、そうですか?」
セシリアは、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに、頬を緩めた。
*
「では」
ディアボロスは、改めて彼女に向き直った。
「先ほどの求婚に対する、正式な返事を聞かせてくれるか」
セシリアは、深く息を吸い込むと、これまでにない、真剣な表情で答えた。
「はい――喜んで、あなた様と共に生きていきたいと思います。ディアボロス様と結ばれることが、私にとって、これ以上ない幸せです」
その言葉に、ディアボロスの胸の内に、これまでにない、深い喜びが満ち溢れた。
「――ありがとう、セシル」
彼は、彼女の手を、そっと取った。
「これから、共に、世界に真の平和をもたらし、そして――俺たち自身の、幸せな未来を築いていこう」
「はい! よろしくお願いします、ディアボロス様!」
二人は、崩壊しつつも、着実に再建の進む魔王城の一室で、これから始まる新たな道のりへの決意を、静かに、しかし確かに、共有し合っていたのだった。




