第40話 両片想い(物理的破壊力MAX)の成立
「――お、お待ちください、我が君ぁあああああ!!」
崩壊した城の敷地に響き渡ったのは、竜魔人ガルドスの、悲痛な絶叫だった。
四天王たちが、瓦礫を踏み分けながら駆けつけると、そこには、ボロボロになったディアボロスと、彼を優しく抱きしめるセシリアの姿があった。
「な――、なんと……!」
宰相バルトロが、その光景を目にした瞬間、思わず絶句した。
「魔王様が……あの悪魔の聖女に、抱きすくめられておられる……!」
「まさか、最後の瞬間まで、我らを守るために、御自ら人身御供と……!」
四天王たちの間に、これまでとはまったく異なる、深刻な誤解が、瞬く間に広がっていった。
「な、なんということだ! 我が君は、聖女と、その、心中されるおつもりなのか!」
ガルドスが、涙ながらに叫んだ。
「魔王様ぁあああああ! どうか、お気を確かに!」
*
その絶叫を聞きつけたディアボロスは、セシリアの腕の中から、辛うじて顔を上げた。
「お前たち……。何を、勘違いしている」
彼は、疲労困憊の表情ながらも、努めて冷静な声で告げようとした。
「魔王様! ご無理はなさらないでください! 我らが、必ずやこの窮地からお救いいたします!」
だが、四天王たちの耳には、もはやディアボロスの言葉すら届いていない様子だった。
「これまで、我が君は、身を挺して魔界を守るため、この悪魔の聖女に接近されてきた! そして今、その最後の瞬間を、我らに見せてくださっているのだ!」
モルディアが、陰気な声で、しかし感極まった様子で叫んだ。
「まさに、忠義の鑑! 我が君の犠牲を、我々は決して忘れぬ!」
「お、お待ちください、皆様!」
セシリアが、慌てて口を挟んだ。
「これは、心中などではございません! ディオ様と私は、その、想いが通じ合ったのです!」
「な、なんと……!」
四天王たちが、揃って呆然とした表情を浮かべた。
「つまり、我が君は……最後の最後で、この悪魔の聖女の心を、見事に懐柔されたということか……!」
リリアーナが、扇の陰で、感激したような声を漏らした。
「まさに、我が君の真骨頂! 単身、魔界の存亡をかけた交渉に赴かれ、ついにその成果を、勝ち取られたのですな!」
四天王たちの間で、事実とはさらにかけ離れた、壮大な誤解が、次々と積み重ねられていった。
*
「い、いや、そういうわけでは――」
ディアボロスは、必死に訂正しようとしたが、その声は、四天王たちの感激の声にかき消されてしまった。
「魔王様! 我らは、あなた様の御決断を、心より尊敬いたします!」
「これで、魔界は救われたのですな!」
「まさに、我が君こそ、真の英雄であらせられる!」
四天王たちは、次々と感涙にむせびながら、ディアボロスとセシリアの周りに集まってきた。
その様子を見ながら、ディアボロスは、深いため息をついた。
(この誤解を、今、正すべきか……。いや、今は、体力が限界だ。この話は、後で、じっくりと説明するとしよう)
彼は、疲労困憊のあまり、その場に膝をついた。
「ディオ様!」
セシリアが、慌てて彼を支えようとした。
「せ、聖女様! 我が君に、これ以上触れられるのは――」
ガルドスが、慌てて制止しようとしたが、時すでに遅く、セシリアは、ディアボロスの体を支えるように、そっと腕を回していた。
幸いにも、彼女はその瞬間、極限まで力の加減に注意を払っていたため、これ以上の被害が発生することはなかった。
*
崩壊した魔王城の敷地に、夕暮れの光が差し込み始めていた。
四天王たちは、依然として「魔王様が身を挺して魔界を救った」という、事実とは似ても似つかない物語を、感涙と共に語り合っている。
その傍らで、ディアボロスとセシリアは、互いに寄り添うようにして、静かに座り込んでいた。
「――こんなにも、盛大な誤解をされているとは」
ディアボロスは、苦笑まじりにそう呟いた。
「ふふ。でも、皆さん、とても喜んでいらっしゃるようですし……。まあ、今はこのままでも、よろしいのではないでしょうか」
セシリアも、くすりと笑いながら、そう答えた。
「それにしても」
ディアボロスは、崩壊した城の敷地を見渡しながら、改めて息を吐いた。
「城の三分の二が、また消し飛んだか。これで、何度目だろうな」
「す、すみません……」
「いや、責めているわけではない。ただ――」
彼は、隣に座るセシリアの顔を見つめながら、静かに続けた。
「これから先も、こうした騒動が続くのだろうと思うと、正直、気が遠くなる思いだ」
「私も、その、頑張って力加減を練習いたします」
「ああ、頼む。でなければ、俺の胃と、この城が、いくつあっても足りぬからな」
そう言いながらも、ディアボロスの表情には、これまでにない、穏やかな安らぎが浮かんでいた。
崩壊した城の傍らで、想いを通わせた二人は、これから訪れるであろう、さらなる波乱の日々を、それでも共に歩んでいくことを、静かに誓い合っていたのだった。




