第39話 ボロボロの抱擁
崩壊した魔王城の敷地、その中心で、ディアボロスとセシリアは、しばし言葉もなく向き合っていた。
「ディオ様……。本当に、よろしいのですか」
セシリアが、涙に濡れた瞳のまま、震える声で尋ねた。
「私は、これまでもこれからも、その、力の加減がうまくできないかもしれません。今日のように、あなたを傷つけてしまうことも、きっと、何度もあると思います」
彼女は、俯きがちに、そう続けた。
「そんな私のことを、それでも、愛してくださると――そう仰ってくださったのですか」
ディアボロスは、満身創痍の体で、それでも真っ直ぐに彼女を見つめながら、静かに頷いた。
「ああ。貴殿の力が、どれほど規格外であろうとも、それは、貴殿という存在の一部だ」
彼は、少し息を整えながら、続けた。
「それに、俺はこれまで、貴殿の力によって、幾度となく死線を彷徨ってきた。だが、そのたびに、貴殿の底抜けの純粋さと、まっすぐな優しさにも、同じだけ触れてきたのだ」
「ディオ様……」
「石畳を粉砕するステップも、上着を引き裂く力加減も、王子の骨を砕く握力も――そのすべてが、貴殁が誰かを想う気持ちの、裏返しなのだと、俺は今、そう理解している」
その言葉に、セシリアの瞳から、再び涙が溢れ出した。
*
「――抱きしめても、よろしいでしょうか」
セシリアが、震える声で、そう尋ねた。
「その、今度は、力加減に、細心の注意を払いますので……」
ディアボロスは、少し苦笑を浮かべながら、頷いた。
「ああ。だが、できれば、もう少し手加減を頼む。今の俺の体は、正直、限界に近い」
「は、はい! 気をつけます!」
セシリアは、慎重な足取りで、ディアボロスの元へと歩み寄った。
そして、これまでにないほど、優しく、そっと、彼の体を抱きしめた。
驚くべきことに、彼女の抱擁は、これまでの彼女の「力加減」の実績を考えれば、奇跡的なほどに控えめなものだった。緊張のあまり、全身の筋肉を極限まで制御しているのが、傍から見ても分かるほどである。
「ディオ様……」
セシリアは、彼の胸に顔を埋めながら、静かに呟いた。
「私、こんなに幸せな気持ちを、今まで感じたことがありませんでした」
ディアボロスは、彼女の頭を、そっと片手で撫でた。
「――クソッ」
彼は、小さく、しかし確かな声で、そう呟いた。
「なんで、こんなに可愛いんだ」
その言葉に、セシリアの頬が、みるみる赤く染まっていった。
「か、可愛い、ですか……!?」
「ああ。認めるのは、癪だがな」
ディアボロスは、少し照れくさそうに、そう答えた。
*
二人がそうして抱き合っている間にも、崩壊した魔王城の周囲では、少しずつ状況が動き始めていた。
遠く離れた場所で避難していた四天王たちが、爆発の光が収まったのを確認し、恐る恐る城へと戻ってこようとしていたのである。
「な、なんという惨状だ……。城の三分の二が、跡形もない……」
宰相バルトロが、瓦礫と化した城を見上げながら、絶句していた。
「まさか、我が君に、何かあったのでは……」
ガルドスが、震える声で呟いた。
彼らは、遠くに見える二つの人影――抱き合うディアボロスとセシリアの姿を、まだはっきりと認識できていなかった。
だが、その光景を目にした瞬間、彼らの間に、これまでとはまったく違う種類の衝撃が走ることになるのは、もう少し先の話だった。
崩壊した城の中心で、ようやく想いを通わせた二人は、しばしの間、その穏やかな時間に、静かに身を委ねていた。




