第38話 漢ディアボロス、光を抱く
まばゆい光の奔流の中、ディアボロスの意識は、一瞬、完全な白に包まれた。
(――ここで、終わるのか)
そんな考えが、ふと脳裏を過ぎった。だが、不思議と、その考えに恐怖は伴っていなかった。むしろ、これまでの人生で感じたことのない、奇妙な充足感すら覚えていた。
(この想いを、正面から受け止められたのだ。それだけで、十分ではないか)
彼は、迫りくる光の質量に、全身全霊で対峙した。
魔界の絶対君主として培ってきた、あらゆる魔力と経験。それらのすべてを、この一瞬に注ぎ込むように、ディアボロスは、両腕でその光を、力の限り抱きしめた。
「――受け取ったぞ、セシル!」
彼は、意識が薄れゆく中、最後の力を振り絞って、そう叫んだ。
*
次の瞬間、魔王城の敷地全体を揺るがすほどの、凄まじい爆発が巻き起こった。
轟音と共に、まばゆい光の柱が、天高く立ち昇る。その光は、遠く離れた人間界の街からも、はっきりと視認できるほどの規模だった。
「な、なんだ、あの光は!?」
「魔界の方角から、また何か、とんでもないことが起きているようだぞ!」
人間界の人々が、恐る恐る空を見上げる中、魔王城の敷地は、まさに壊滅的な有様となっていた。
これまでにも、セシリアの様々な「愛の表現」によって、城の一部が半壊するという事態は、幾度となく起きてきた。だが、今回の爆発は、その規模において、これまでのどれとも比較にならないものだった。
魔王城の敷地の実に三分の二が、跡形もなく消し飛び、巨大なクレーターが、そこに新たに刻まれていた。
*
爆発の煙が、ゆっくりと晴れていく中、そのクレーターの中心から、もうもうと立ち込める土煙をかき分けるようにして、一人の人影が、ゆっくりと姿を現した。
「デ、ディオ様……!」
セシリアが、驚愕と不安の入り混じった声を上げた。
土煙の中から現れたのは、全身がボロボロになりながらも、辛うじて二本の足で立っているディアボロスの姿だった。
彼の纏っていた衣服は、ほとんど焼け焦げ、原型を留めていない。肌のあちこちには、擦り傷や火傷の跡が痛々しく刻まれている。
だが――。
その顔には、これまでの彼からは想像もつかないほど、穏やかで、そしてどこか満足げな表情が浮かんでいた。
「――受け取った、ぞ」
彼は、かすれた声で、そう告げた。
「貴殿の想い……確かに、この身に受け止めた」
「ディオ様……! ああ、ディオ様!」
セシリアは、涙を溢れさせながら、彼の元へと駆け寄ろうとした。
「――っ、待て、セシル」
ディアボロスは、辛うじて片手を上げ、彼女を制した。
「もう少しだけ、その距離を保っていてくれ。今、貴殿に触れられれば、俺の体は、もう保たぬかもしれん」
「あ……! す、すみません!」
セシリアは、慌てて足を止めた。
*
「――だが」
ディアボロスは、痛みに顔をしかめながらも、力強い声で続けた。
「俺は、逃げなかった。貴殿の想いから、目を逸らさなかった」
彼は、震える足を叱咤しながら、一歩、また一歩と、セシリアの方へと歩みを進めていった。
「その理由が、何であるか、貴殿には分かるか」
「――え?」
セシリアが、涙に濡れた瞳で、彼を見つめる。
「俺も――」
ディアボロスは、満身創痍の体で、それでも真っ直ぐに、彼女の目を見つめながら、告げた。
「俺も、貴殿のことを、愛しているからだ」
その言葉が響いた瞬間、辺り一帯の空気が、しん、と静まり返った。
セシリアは、しばし言葉を失ったまま、大きく目を見開いていた。
やがて、彼女の瞳から、これまでとは違う種類の涙が、次から次へと溢れ出し始めた。
「ディオ様……! 本当に、本当に、嬉しいです……!」
セシリアは、感激のあまり、その場に崩れ落ちそうになりながらも、必死に自分の感情を抑えようとしていた。先ほどの、想いの解放によって城の三分の二を消し飛ばしてしまった記憶が、彼女に、ある程度の自制を促していたのである。
だが、それでも、彼女の内側から溢れ出す幸福感は、抑えきれるものではなかった。
崩壊した魔王城の敷地に、二人だけが、静かに向き合って立っていた。
その光景は、これまでの数々の破壊の爪痕とは裏腹に、どこまでも穏やかで、そして確かな絆に満ちたものだった。




