第34話 魔王様からの熱いメッセージ
大聖堂の自室で、セシリアは、懐から取り出した手紙を、何度も何度も読み返していた。
「――『我が闇にて、汝の光を包み込まん』」
彼女は、その一文を、うっとりとした表情で口ずさんだ。
「これはきっと、ディオ様の、優しさに満ちたお言葉なのでしょうね……」
本来、これは対象の存在を闇に呑み込み、魂を恐怖に縛り付けようとする、呪術師モルディア渾身の呪詛の言葉である。だが、セシリアの脳内では、既に完全に、ロマンティックな愛の告白として処理されていた。
「『その輝きも、いずれ我が手により、永遠の静寂へと導かれるであろう』……」
彼女は、その一文を読み返すたびに、頬を赤らめ、両手で顔を覆った。
「永遠に、傍にいさせてくださる、ということですよね……! ああ、なんてお優しい方なのでしょう」
セシリアは、手紙をぎゅっと胸に抱きしめながら、感激のあまり、その場でくるくると小さく回り始めた。
その拍子に、彼女の体から漏れ出す神聖魔力の圧が、じわじわと強まっていく。部屋の窓ガラスが、ぴしり、ぴしりと、小さなひびを刻み始めていた。
「あ、あの、聖女様……。窓が、少し危ないような……」
見習いシスターが、恐る恐る声をかけたが、セシリアの耳には、もはやその声すら届いていなかった。
*
「ディオ様は、いつも私の前では、あまり感情をお見せになりません。でも、こうして、こんなにも熱い想いを、文字にして伝えてくださるなんて……」
セシリアは、手紙を読みながら、これまでのディアボロスとの日々を振り返っていた。
弁当を涙目になりながらも完食してくれた優しさ。試着室から出てきた時の、少し照れたような表情。夕暮れの噴水前で見せた、素直な言葉。そして、中庭で告げられた、あの真剣な告白。
(ディオ様は、いつも言葉少なで、控えめな方だと思っていました。でも、本当は、こんなにも情熱的な一面を、隠し持っていらっしゃったのですね……!)
彼女の脳内では、これまでのディアボロスの控えめな態度と、この「熱烈な手紙」とが、都合よく結びつけられ、一つの美しい物語として完成されつつあった。
「私も、この想いに応えなければなりません!」
セシリアは、決意に満ちた表情で立ち上がった。
「今すぐ、ディオ様の元へ向かい、私の気持ちを、直接お伝えしなければ!」
「せ、聖女様、少しお待ちを――」
見習いシスターの制止の声を振り切るように、セシリアは、勢いよく部屋を飛び出していった。
*
大聖堂の廊下を、セシリアは、これまでにない速さで駆け抜けていった。
彼女の胸の中では、抑えきれないほどの高揚感が、次から次へと溢れ出していた。
(ディオ様に、私も、あなたを愛しています、と伝えたい。この気持ちを、一刻も早く、お伝えしたい……!)
彼女が走り抜けるたびに、その足元からは、うっすらと光の軌跡が立ち昇り、廊下の敷石が、じわじわと熱を帯びていくのが感じられた。
「聖女様!? どちらへ――」
すれ違ったシスターたちが、驚いた様子で声をかけたが、セシリアはそれに答える余裕すら持たず、一心不乱に大聖堂の外へと駆け出していった。
「魔界への、転移魔法陣は――こちらです!」
セシリアは、教会の裏手にある転移用の祭壇へと駆け込むと、その手を、勢いよく魔法陣へとかざした。
彼女の胸の内には、これまでの人生で感じたことのない、強烈な想いが渦巻いていた。
(私も、あなたを愛しています、ディオ様……!)
その想いの強さに呼応するように、魔法陣が、まばゆい光を放ち始める。
彼女自身も、まだ気づいていなかった――この激情の昂りが、これから彼女自身の手によって、破滅的な規模の「愛の証」を生み出そうとしていることに。
魔法陣の光が、セシリアの体を包み込んだ瞬間、彼女の姿は、魔王城へと向けて、瞬時に消え去っていったのだった。




