第32話 四天王、決死の精神攻撃作戦
深夜の魔王城、その最奥にある呪術師モルディアの工房には、四天王全員の姿があった。
薄暗い部屋の中央には、古びた石造りの祭壇が据えられ、その周囲には、無数の呪符と魔導具が所狭しと並べられている。
「では、これより――」
モルディアは、陰気な声で厳かに告げた。
「聖女セシリアの精神に働きかけ、魔王様が抱えておられる心労の元凶を、根本から絶つための呪術を執り行う」
「モルディア殿、その呪術とは、具体的にどのようなものなのだ」
ガルドスが、興味深そうに尋ねた。
「対象の深層心理に直接干渉し、強烈な精神的衝撃を与える『闇縛りの呪詛』。本来は、頑強な意志を持つ敵将の心を折るために開発された、我が呪術師団秘伝の術だ」
モルディアは、祭壇の上に、一枚の羊皮紙を広げた。
「この呪符に、我が全霊を込めた呪詛の言葉を書き記し、対象に届ける。受け取った者の精神は、その呪いの重みに耐えかね、深い恐怖と絶望に苛まれることになる」
「な、なんと恐ろしい……。しかし、それほどの呪詛を、あの聖女に用いて、果たして効果があるのだろうか」
ファウストが、慎重に尋ねた。
「聖女とはいえ、精神を持つ者である以上、この呪詛から逃れることはできまい。むしろ、彼女ほどの高い精神力を持つ者にこそ、この呪いは深く突き刺さるはずだ」
モルディアは、自信ありげにそう断言した。
*
「では、さっそく、呪詛の言葉を書き記すとしよう」
モルディアは、筆を手に取り、羊皮紙に向き合った。彼の周囲には、闇の魔力が渦を巻き、部屋全体を不気味な気配で満たしていく。
「――『我が闇にて、汝の光を包み込まん』」
モルディアは、そう唱えながら、羊皮紙に文字を書き記していった。
「この一文には、対象の存在そのものを闇に呑み込み、その魂を永劫の恐怖に縛り付けるという、強力な呪いの意志が込められている」
「なんと恐ろしい……。まさに、破滅をもたらす呪いの言葉ですな」
リリアーナが、扇の陰で身震いするように呟いた。
モルディアは、さらに筆を進めた。
「――『その輝きも、いずれ我が手により、永遠の静寂へと導かれるであろう』」
「これは、対象に対し、いずれ迎える終焉を予告し、深い絶望を植え付けるための一文だ」
「まさに、我が君のために、我々の総力を結集した渾身の呪詛ですな」
ガルドスが、拳を握りしめながら、感激した様子で頷いた。
*
数刻の後、羊皮紙には、モルディアの魂を込めた、幾つもの呪いの言葉が、びっしりと書き連ねられていた。
「これにて、完成だ」
モルディアは、満足げにそう告げると、羊皮紙を丁寧に折りたたみ、暗闇の魔力で封をした。
「この呪符が、聖女の元へ届いた瞬間、彼女の精神は深い恐怖に支配され、我が君への接近を諦めるはずだ」
「素晴らしい。これで、魔王様も、ようやく心安らかな日々を取り戻せることでしょう」
四天王たちは、揃って涙ぐみながら、その完成した呪符を見つめていた。
「では、これを、聖女の元へと届けよう」
宰相バルトロが、静かに命じた。
「密偵を使い、彼女の元へこっそりと送り届けるのだ。魔王様には、決してこのことを悟られぬように」
「承知いたしました」
こうして、四天王たちの渾身の「決死の精神攻撃作戦」が、密かに実行に移されることとなった。
彼らは、この呪符が、魔王ディアボロスを苦しめる元凶を打ち払う、最後の切り札になると信じて疑わなかった。
だが、彼らのその渾身の作戦が、まったく予期せぬ形で、事態をさらなる混沌へと導いていくことになるとは――この時、誰一人として、想像すらしていなかったのである。
翌朝、密偵の手によって、その呪いの手紙は、静かに、しかし確実に、大聖堂で過ごすセシリアの元へと届けられることになった。




