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第31話 忠臣たちの涙

聖女セシリアとの「婚活訓練」が始まって、はや一ヶ月近くが経とうとしていた。


魔王城では、依然として四天王――脳筋の竜魔人ガルドス、妖艶な吸血鬼リリアーナ、陰気な呪術師モルディア、生真面目な魔導士ファウストが、日々ディアボロスの帰りを待ちわびていた。


「今日も、我が君は人間界に赴かれたようだな」


宰相バルトロが、静かにそう告げた。


「ええ。相変わらず、聖女様との『交渉』とやらに、身を捧げていらっしゃるご様子で」


ファウストが、書類を整理しながら頷いた。


会議室に集った四天王たちは、依然として「魔王様は魔界を守るため、身を挺して聖女に接近している」という、事実とは似ても似つかない誤解を、確固たる真実として信じ続けていた。


「しかし……」


竜魔人ガルドスが、ふと眉をひそめた。


「最近の魔王様の御姿、日に日にやつれておられるように見えるのは、私だけだろうか」


その指摘に、会議室の空気が、ぴりりと張り詰めた。


 



 


その日の夕刻、ディアボロスが人間界から城へと戻ってきた。


「――ただいま、戻った」


彼は、疲れきった様子でそう告げると、そのまま自室へと向かおうとした。


「お、お待ちください、魔王様!」


ファウストが、慌てて彼を呼び止めた。


「な、なんだ」


「その……失礼を承知で申し上げますが、近頃の魔王様は、随分とお痩せになられたように見受けられます。お顔色も、優れないご様子で」


ディアボロスは、思わず自分の頬に手を当てた。


(そう言われてみれば……。あの光る弁当の影響で、胃の調子が万全とは言い難いからな)


「気にするな。少々、胃の調子が優れぬだけだ」


「胃の……調子が?」


ファウストの表情が、瞬時に強張った。


「まさか、聖女様に、何か無理を強いられておられるのでは……」


「い、いや、そういうわけでは――」


「魔王様! ご無理をなさらないでください!」


会議室に控えていたガルドスが、勢いよく立ち上がった。


「あの悪魔の聖女め、我が君に一体何をしているのだ!」


「ガルドス、落ち着け」


リリアーナが、扇で口元を隠しながら、しかし目には涙を滲ませて言った。


「魔王様は、我らのために、身を犠牲にしてくださっているのです。ここで騒ぎ立てては、その尊い覚悟に泥を塗ることになります」


「し、しかし、リリアーナ殿……!」


「我らにできることは、ただ一つ。魔王様の御身をお守りするための、然るべき手立てを講じることです」


 



 


ディアボロスが自室へと戻った後、会議室には、四天王と宰相バルトロだけが残された。


「皆の者、聞いてくれ」


宰相バルトロが、重々しい口調で切り出した。


「魔王様のご様子は、日に日に悪化の一途をたどっている。これは、もはや看過できぬ事態だ」


「では、我々は、これからどうすれば……」


モルディアが、陰気な声で尋ねた。


「我々は、魔王様が身を挺して聖女を懐柔してくださっていることに、いつまでも甘えているわけにはいかぬ」


バルトロは、深く息を吐いた。


「魔王様が、これほどまでにやつれられるほどの心労を抱えておられるのなら――我々もまた、何らかの行動を起こすべきではないか」


「行動、とは?」


ファウストが、慎重に尋ねた。


「聖女の心を、我々の手で、少しでも懐柔できぬものか。魔王様のご負担を、少しでも軽減できるような……」


「なるほど。しかし、どのような手段が……」


四天王たちは、それぞれに思案を巡らせ始めた。


「聖女の心に、直接訴えかけるのはどうだろうか」


モルディアが、静かに提案した。


「私の呪術には、対象の精神に強く働きかける術がある。それを用いて、聖女に、我らの――否、魔王様の想いを、強く印象付けることができるやもしれん」


「ほう……。詳しく聞かせてくれ」


バルトロが、興味深そうに身を乗り出した。


 



 


その夜、四天王たちは、密かに集まり、一つの計画を練り始めていた。


「魔王様を救うため――ひいては、魔界の存亡を守るために、我々にできる、最後の作戦だ」


ガルドスが、涙ながらにそう宣言した。


「聖女の心を、我々の手で揺り動かし、我が君への負担を、少しでも和らげようではないか」


「賛成だ」


「私も、賛成いたします」


「では、決行しよう。魔王様のために」


四天王たちの目には、揃って忠義の涙が光っていた。


彼らのその健気な忠誠心が、これから、想像を絶する形で、更なる大惨事を引き起こすことになるとは――この時、誰一人として、予想していなかったのである。

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