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第27話 裏切り者を見る目

騒動が一段落し、大聖堂の広間から人々が三々五々引き上げていく中、セシリアとディアボロスは、教会の裏手にある静かな中庭へと移動していた。


「あの、ディオ様……」


セシリアが、俯きがちに口を開いた。彼女の頬は、いまだうっすらと赤みを帯びたままである。


「先ほどは、その、大変な騒ぎになってしまい、申し訳ございませんでした」


「いや……。まあ、王子には、その、災難だったとしか言いようがないが」


ディアボロスは、努めて平静な口調でそう答えた。だが、その内心では、依然としてあの、正体を掴みきれない感情が渦巻いていた。


「あの……。一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」


セシリアが、意を決したように顔を上げた。その瞳には、これまでにない、真剣な光が宿っていた。


「な、なんだ」


「ディオ様は、私が王子様と結ばれることを、本当に望んでいらっしゃったのですか?」


その問いかけに、ディアボロスは、思わず言葉に詰まった。


(――どう答えるべきだ)


彼は、これまで自分自身に言い聞かせてきた「合理的な理由」を、改めて頭の中で並べ立てようとした。王家との縁談、生存戦略、婚活の練習相手としての役目――だが、その言葉のどれもが、今のセシリアの真剣な眼差しの前では、空虚に響くように感じられた。


「その……」


「私、王子様に求婚された時、少しも胸が高鳴りませんでした」


セシリアは、ディアボロスの返答を待たずに、静かに続けた。


「素敵な言葉をかけていただいて、綺麗な指輪も見せていただいて。それなのに、私の心は、少しも動かなかったのです」


「……そうか」


「なのに、その時ふと目に入ったディオ様が、あまりにも落ち着いた顔をされているのを見て――」


セシリアの声が、わずかに震えた。


「なぜか、無性に、腹立たしくなってしまったのです。私が他の殿方に求婚されているというのに、ディオ様は、まるで他人事のように、平然とされていて」


「それは……」


「その苛立ちのせいで、王子様の手を、あんなに強く握り返してしまったのだと思います」


セシリアは、そこまで言うと、真っ直ぐにディアボロスを見つめた。


「ディオ様。あなたは、本当に、私と王子様が結ばれることを望んでいらっしゃったのですか」


 



 


その真っ直ぐな問いかけに、ディアボロスは、しばし言葉を失っていた。


(――これ以上、誤魔化すことはできぬ、ということか)


彼は、深く息を吐いた。


「――正直に言おう」


彼は、覚悟を決めたように、静かに口を開いた。


「俺は、貴殿と王子の縁談が進めば、この命がけの婚活訓練から解放されると考えていた。それは、事実だ」


「……」


「だが」


彼は、一拍置いてから、続けた。


「王子が貴殿に求婚するのを見ていた時、俺の中に湧き上がってきたのは、安堵ではなかった」


セシリアが、息を呑んで彼の言葉を待つ。


「王子が貴殿の手に口づけようとした瞬間――俺は、正直、それを見ていることが、耐え難かった」


その告白に、セシリアの瞳が、みるみる大きく見開かれていった。


「ディオ様……」


「なぜそう感じたのか、俺自身、まだうまく言葉にできずにいる。だが」


ディアボロスは、初めて素直な言葉で、自分の内心を打ち明けた。


「貴殿が、俺以外の誰かのものになるという想像だけで、胸が締め付けられるような感覚を覚えたのだ」


沈黙が、中庭に流れた。


セシリアは、頬を真っ赤に染めながら、両手を胸の前で握りしめていた。だが、その表情は、これまでの羞恥だけではなく、ほんのりとした喜びも滲んでいるように見えた。


「その……」


彼女は、震える声で、そっと呟いた。


「では、まだ、裏切り者ではない、ということでしょうか」


「――ああ。むしろ、裏切っていたのは、俺自身の本心の方だったのかもしれん」


その言葉に、セシリアは、思わず小さく微笑んだ。


「それを聞けて、安心いたしました」


セシリアは、ほっとしたように微笑んだ。だが、その笑みの端に、ふと悪戯っぽい色が差した。


「では、これからは、他の殿方が私に求婚されるような場面では、もっとはっきりとご自分のお気持ちを示していただかないと、困りますね」


「そ、それは……」


「今日のように、平然としたお顔をされていたら、また誤解してしまうかもしれません。次に同じようなことがあれば、私、今度こそ本気で拗ねてしまいますよ」


セシリアは、頬を膨らませながら、そう言った。冗談めかした口調ではあったが、その言葉には、確かな圧を感じさせるものがあった。


「わ、分かった。以後、気をつける」


ディアボロスは、そう答えながらも、内心で冷や汗を流していた。


(この女を『本気で拗ねさせる』とは、一体どのような事態を招くのだ……。想像するだけで、恐ろしい)


彼の脳裏に、これまでの数々の惨状――粉砕された王子の手、消し飛んだ石畳、溶解した下級魔族たちの姿が、次々と蘇ってきた。


(このまま、無知のままではいられぬ。人間の恋愛というものを、もっと真剣に、体系的に学ばねば……! 次に彼女を怒らせれば、今度は俺の骨が折れる番かもしれん……!)


そう考えると、ディアボロスの背筋に、冷たいものが走った。


「セシル、俺は少し、魔王城に戻って調べ物をする。今日のところは、これで失礼する」


「あら、そうなのですか。分かりました。またお会いできるのを、楽しみにしております!」


セシリアの屈託のない笑顔を背に、ディアボロスは、逃げるようにその場を後にした。


その足取りは、まるで戦場に赴く兵士のように、切実な使命感に満ちていたのだった。

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