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第25話 照れ隠しの握力

「セシリア殿、いかがされた」


指輪から手を遠ざけようとするセシリアの様子に、ルミナス王子は怪訝そうな表情を浮かべた。


「あ、いえ、その……」


セシリアは、慌てて言葉を探した。会場中の視線が集まる中、はっきりと断りの言葉を口にすることも、かといってこのまま指輪を受け取ることも、彼女にはできそうになかった。


その逡巡を、ルミナス王子は都合よく解釈したらしい。


「ふふ、照れていらっしゃるのだな。無理もない。これほどの求婚を受ければ、誰しも動揺するというもの」


彼は、自信満々にそう言うと、セシリアの手を取り、恭しく跪いたまま、その甲へと顔を近づけた。


「――どうか、この口づけをもって、私の想いの証としてほしい」


その仕草は、まさに絵物語から抜け出てきたような、洗練された求婚の一場面だった。


会場の人々は、うっとりとした表情でその光景を見守っている。


だが、セシリアの胸中は、まったく別の感情で満たされていた。


(――どうしましょう。この状況、恥ずかしくて、たまりません)


彼女の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。


そして、その羞恥心に追い打ちをかけるように、もう一つの感情が、彼女の胸の内に湧き上がっていた。


(それに――ディオ様は、なぜあんなに落ち着いた顔をしていらっしゃるのでしょう。私が、他の殿方に求婚されているというのに……)


会場の隅で、あくまで冷静な表情を崩さないディアボロスの姿を思い出すと、なぜか胸の奥が、もやもやとした苛立ちで満たされていくのを、セシリアは感じていた。


(婚活の練習相手だからと、応援してくださっているのは分かります。でも……。もう少し、何か、言ってくださってもよいのではないでしょうか)


その羞恥と苛立ちが入り混じった感情の昂りが、彼女の指先に、無意識のうちに力を込めさせてしまった。


 



 


ルミナス王子の唇が、セシリアの手の甲に触れようとした、まさにその瞬間。


セシリアは、恥ずかしさとイライラのあまり、思わず、握り返すようにその手に力を込めてしまった。


「――パキパキピキィッ!!」


会場に、鈍く、しかし確かな破砕音が響き渡った。


「――っ、な、なんだこの音は――」


ルミナス王子が、疑問の声を上げようとした矢先、彼の顔が、みるみる蒼白に変わっていった。


「ぎ、ぎゃあああああああああ!!」


耳をつんざくような絶叫が、大聖堂の広間に響き渡った。


ルミナス王子の右手――セシリアに握られていたその手の骨が、指の先から手首に至るまで、綺麗に、そして完膚なきまでに粉砕されていたのである。


「な――なんですって!?」


「王子様の、お手が――!」


会場は、瞬時に大混乱に陥った。


ルミナス王子は、白目を剥き、口から白い泡を吹きながら、そのまま後方へと崩れ落ちた。壇上に控えていた騎士や侍従たちが、慌てて彼の元へと駆け寄っていく。


「へ、陛下をお呼びしろ! 医師も、急いで手配を!」


「一体、何が起きたのだ!?」


会場中がパニックに包まれる中、セシリアだけが、握り潰した感触の残る自分の手を見つめながら、呆然とその場に立ち尽くしていた。


「あ……。あ、あの……」


彼女は、震える声で、周囲の様子を見回した。


(や、やってしまいました……! また、力加減を……!)


 



 


騒然とする会場の中、セシリアは、モジモジと落ち着かない様子で、両手を体の前で握りしめていた。羞恥のあまり、目の焦点も定まっていない。


「あ、あ義がど怒……」


彼女は、消え入りそうな声で、そう呟いた。「ありがとうございます」と言おうとして、あまりの恥ずかしさに、言葉が上滑りしてしまったらしい。


だが、その視線は、しっかりとディアボロスの方へと向けられていた。


その眼差しには、羞恥だけでなく、明らかな非難の色も込められていた。


(――私を、他の男に譲ろうとしましたね?)


セシリアの視線が、そう雄弁に語っていた。


ディアボロスは、その視線を受けて、思わず身を強張らせた。


「な――」


彼は、これまで自らが「キューピッド」として振る舞ってきたことを、彼女がどう受け止めていたのかを、その瞬間、はっきりと悟った。


(まずい……。この視線は、明らかに――裏切り者を見る目だ……!)


会場の混乱をよそに、ディアボロスとセシリアの間に流れる空気だけが、これまでとはまったく違う、緊迫したものへと変わっていくのを、彼は肌で感じ取っていた。


意識を失ったルミナス王子が、担架で運ばれていく光景を横目に、ディアボロスは、これから自分に降りかかるであろう、新たな「胃痛の種」を予感し、そっと額に手を当てるのだった。

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