第24話 王子の華麗なる求婚(バックに薔薇の幻影)
数日後、大聖堂の広間には、再び多くの人々が詰めかけていた。ルミナス王子による、二度目の――そして本人曰く「完璧に洗練された」求婚の儀が執り行われることになったのである。
会場の中央には、赤い絨毯が敷かれ、その両脇には、まるで舞台装置のように無数の薔薇が飾られていた。ルミナス王子の自信満々な采配によるものである。
「セシリア殿!」
ラッパの音と共に、ルミナス王子が壇上に姿を現した。今日の彼は、これまで以上に気合の入った出で立ちで、金髪を丁寧に整え、真紅の礼服に身を包んでいる。
彼の背後には、まるで無数の薔薇の花びらが舞い散っているかのような、幻視すら誘う華やかな演出が施されていた。実際には、単に会場に飾られた薔薇の香りと、照明の巧みな配置によるものだったが、その効果は絶大で、会場に居合わせた人々からは、感嘆のため息が漏れていた。
「わあ、素敵……」
「まるで物語の一場面のようですわ」
セシリアの周囲の人々が、うっとりとした表情でその光景を見つめている。
だが、当のセシリア自身は、どこか落ち着かない様子で、視線をあちこちに彷徨わせていた。
(今日こそ、しっかりとお受けするべきなのでしょうか……。ディオ様も、後押ししてくださっているようですし……)
彼女の視線が、会場の隅に控えるディアボロスへと向けられる。彼は、腕を組み、あくまで冷静な表情を崩さずに、この場の成り行きを見守っていた。
「セシリア殿」
ルミナス王子は、セシリアの元へと歩み寄ると、片膝をついた。
「先日は、お返事を待つと申し上げたが、いよいよその時が来た」
彼は、懐から取り出した小箱を開き、中に納められた大粒の宝石が輝く指輪を掲げてみせた。
「あなたの瞳は、夜空に瞬く星よりも美しく輝いている。そのあなたと、これからの人生を共に歩みたい。私の妃となり、この国の未来を、共に照らしてはくれぬか」
会場全体が、感嘆のどよめきに包まれた。
「王子様、なんて情熱的な……」
「まさに、絵物語のような光景ですわ」
だが、その華麗な求婚の言葉を聞きながら、セシリアの心は、なぜか少しも動いていなかった。
(素敵な言葉のはずなのに……。胸が、少しも高鳴りません)
彼女の視線は、無意識のうちに、再びディアボロスの方へと向けられていた。
*
会場の隅で、その様子を見守るディアボロスは、内心で複雑な感情と戦っていた。
(王子の求婚は、悪くない出来だ。俺が助言した言い回しも、うまく活かされている。これで、話は決まるはずだ)
彼は、そう自分に言い聞かせながらも、なぜか胸の奥に、これまで以上に強い痛みが走るのを感じていた。
(――なぜだ。俺は、これを望んでいたはずなのに)
彼の脳裏に、これまでの数々の光景が、次々と蘇ってきた。
光る弁当を、涙目になりながらも笑顔で食べた自分。噴水の前で、彼女の素直な言葉に耳を傾けた夕暮れ。試着室から出てきた自分を見て、頬を染めたセシリアの表情。
(あの女の、あの笑顔を、これから先、王子が独占するのか……)
その想像だけで、彼の胸の奥は、これまでにない強い痛みに締め付けられた。
(――これは、一体なんだ。俺は、なぜこれほどまでに、この結末を望んでいないのだ)
彼は、その感情の正体を、必死に突き止めようとした。だが、答えはあまりにも明白すぎて、むしろ彼自身が、それを認めることを恐れているようだった。
一方、壇上では、ルミナス王子が、なおも求婚の言葉を続けていた。
「セシリア殿、どうか、この指輪を受け取ってはくれぬか」
彼は、宝石の輝く指輪を、そっとセシリアの手に近づけようとした。
セシリアは、その指輪を見つめながら、心の中で葛藤していた。
(これを受け取れば……。私の『普通の恋』が、叶うのでしょうか。でも――)
彼女の視線が、再びディアボロスの方へと向く。
その瞬間、二人の視線が、初めて交わった。
ディアボロスは、その視線を受け止めながら、これまでにない緊張を覚えた。
(――彼女は、俺に何を求めているのだ)
会場の全員が、固唾を飲んで見守る中、セシリアは、その手を、ゆっくりと、しかし確かに――ルミナス王子から差し出された指輪から、遠ざけようとしていた。




