第23話 魔王、全力のキューピッド計画
「セシリア殿」
ルミナス王子は、片膝をついたまま、改めてセシリアを見上げた。
「先日の求婚、改めてお受けいただけるだろうか。私は、本気であなたを妃に迎えたいと考えている」
会場中の視線が、セシリアに集まる。
セシリアは、その視線の圧に押されるように、ちらりと後方に控えるディアボロスへと目をやった。
(ディオ様は、私にどうしてほしいと思っているのでしょう……)
だが、当のディアボロスは、あくまで冷静な態度を保ったまま、わずかに視線を逸らすばかりだった。
(俺が余計な口を挟んでは、いかん。ここは、あくまで彼女自身の判断に任せるべきだ)
彼は、内心の複雑な感情を押し殺しながら、そう自分に言い聞かせていた。
「その……少し、お時間をいただけますでしょうか」
セシリアは、慎重にそう答えた。即答を避けるその態度に、ルミナス王子はやや意外そうな顔をしたが、すぐに余裕の笑みを取り戻した。
「よかろう。焦る必要はない。私は、あなたが心を決めるまで、辛抱強く待つ所存だ」
彼は、優雅な仕草でセシリアの手を取ろうとした。
*
その様子を見ながら、ディアボロスは、これまでにない葛藤を抱えていた。
(王子との縁談が進めば、俺は自由になれる。魔界も、街も守られる。それが、最も合理的な結末のはずだ)
彼は、自らにそう言い聞かせながらも、なぜか一歩を踏み出すことができずにいた。
その夜、魔王城に戻ったディアボロスは、一人自室でその日の出来事を振り返っていた。
「――全力で、後押しすべきだ」
彼は、独り言のように呟いた。
「あの女が、王子と結ばれれば、俺は生存戦略としての役目を終える。これ以上、望ましい結末はあるまい」
彼は、自分自身に言い聞かせるように、何度もその言葉を繰り返した。
翌朝、ディアボロスは、これまでにない気合を入れて、セシリアの元へと向かった。
「セシル」
「はい?」
「昨日の王子の求婚だが、俺は、貴殿がこの機会を前向きに検討すべきだと思っている」
セシリアは、意外そうな顔でディアボロスを見た。
「え……。ディオ様が、そのように仰るとは、思いませんでした」
「王子は、身分も高く、財力もあり、何より貴殿に対して真剣な想いを抱いているようだ。これ以上の縁談は、そうそうあるまい」
ディアボロスは、努めて説得力のある口調でそう続けた。
「俺は、あくまで貴殿の婚活の練習相手に過ぎん。貴殿が本物の恋を実らせるのであれば、それに越したことはないのだ」
*
こうして、ディアボロスは、自らを「キューピッド」に見立て、セシリアと王子の縁談を後押しするという、奇妙な作戦を全力で開始することになった。
「王子は、こう言っていたな。『世界最強にして最も美しき聖女』と。あの言い回し、貴殿もまんざらではなかっただろう」
「そ、そうでしょうか……」
「それに、王子の求婚の際の仕草、あれはなかなか堂に入っていた。恋愛小説にも、ああした場面がよく登場するのではないか?」
ディアボロスは、これまでにない熱心さで、王子の魅力を語り続けた。まるで、自分自身に言い聞かせるかのように。
「王子の求婚のセリフを、もう少し洗練させてやれば、より貴殿の心にも響くだろう」
彼は、そう言うと、実際にルミナス王子の元へと出向き、求婚の際の言い回しについて、あれこれと助言を始めた。
「王子殿下。次に求婚をされる際は、こういった言葉を添えられてはいかがでしょうか」
「ほう、聞かせてくれ」
「『あなたの瞳は、夜空に瞬く星よりも美しく輝いている』などは、いかがでしょう」
「おお、それは良い! さすが、婚活の練習相手を自称するだけのことはある!」
ルミナス王子は、すっかりディアボロスの助言を気に入った様子で、何度も頷いていた。
(これでいい。これで、王子とあの女は、うまくいくはずだ)
ディアボロスは、そう自分に言い聞かせながら、なぜか胸の奥にちくちくと刺すような痛みを覚え続けていた。
その痛みの正体に、彼はまだ、はっきりとは気づいていなかった。だが、心のどこかでは、うっすらと察し始めていたのかもしれない――自分が今、必死に否定しようとしているものの正体を。
「では、次の機会に、改めて求婚の場を設けようではないか」
ルミナス王子は、自信に満ちた笑みを浮かべながら、そう宣言した。
「セシリア殿にも、伝えておいてくれ。次こそは、必ずや心を射止めてみせると」
「――承知いたしました」
ディアボロスは、静かにそう答えながら、拳を握りしめていた。
その拳の内側に込められた感情が、これから訪れる求婚の場面で、一体どのような結末を迎えることになるのか――当の本人にも、まだ想像がついていなかった。




