第22話 お前のような地味男に聖女は似合わない
「三日後の求婚の儀、か……」
魔王城の一室で、ディアボロスは腕を組み、しばし黙考していた。
「あの、ディオ様。私、どうすればよいでしょうか」
セシリアが、不安げな表情でディアボロスを見つめている。
「王子の求婚を、正式に断りに行くしかあるまい。無視をすれば、かえって面倒なことになりかねん」
「そうですよね……。あの、もしよろしければ」
セシリアは、少し躊躇いがちに切り出した。
「その場に、ディオ様も、一緒に来ていただけないでしょうか。その、婚活の練習相手として……」
ディアボロスは、一瞬、返答に詰まった。
(俺が、その場に……。だが、考えてみれば好都合ではないか)
彼の脳裏に、一つの打算が浮かんだ。
(王子が、あの女に本気で求婚しているというのなら――むしろ、これは渡りに船だ。この女が王子と結ばれれば、俺はこの命がけの『婚活訓練』から解放される。何より、王家との縁談となれば、この女も『普通の結婚』を叶えられるのだから、これ以上の好条件はあるまい)
「分かった。俺も同行しよう」
「ありがとうございます!」
セシリアは、ほっとした表情を浮かべた。だが、その一方で、ディアボロスの胸の奥には、先日から感じていたあの、正体不明のちくりとした感覚が、再びわずかに疼いていた。
(いや、今は関係ない。これは、生存戦略のためだ。俺が、あの女の『本物の結婚』を後押しするのは、当然のことなのだから)
彼は、その感覚を無理やり押し殺すように、自分に言い聞かせた。
*
三日後、大聖堂の広間には、多くの人々が詰めかけていた。教会関係者、貴族、そして市井の人々までもが、聖女と王子の求婚の儀を一目見ようと集まっている。
黒髪に変装したディアボロスは、セシリアの少し後ろに控えるようにして立っていた。あくまで「婚活の練習相手」という立場を隠しつつ、事の成り行きを見守るつもりである。
やがて、ラッパの音と共に、ルミナス王子が壇上に姿を現した。今日の彼は、これまで以上に豪奢な礼服を纏い、金髪を一層きらびやかに整え、自信満々の表情を浮かべている。
「セシリア殿! よくぞ、この日を待ってくれた!」
ルミナス王子は、朗々とした声でそう告げると、セシリアの元へと歩み寄った。
その視線が、ふと彼女の後ろに控えるディアボロスへと向けられる。
「――む? そちらの男は?」
ルミナス王子は、値踏みするような目つきでディアボロスを見た。
「セシリア殿の、その、婚活の練習相手にございます」
「なるほど、なるほど」
ルミナス王子は、ディアボロスの黒髪と地味な装いを見比べながら、次第に口元に嘲るような笑みを浮かべ始めた。
「これは失礼。てっきり、給仕の者かと思ったぞ」
会場に、控えめな笑い声がさざめいた。
「なあ、そこの地味な男よ」
ルミナス王子は、わざとらしく大仰な仕草でディアボロスに向き直った。
「お前のような、色気もなければ華もない地味な男が、この世界最強にして最も美しき聖女セシリア殿の相手を務めるなど、天と地がひっくり返っても有り得ぬこと。分をわきまえるがよい」
(――む)
ディアボロスは、その言葉に対して、内心で複雑な感情を抱いた。
腹立たしさが、確かにあった。だが同時に、彼の頭の中では、冷静な打算も働いていた。
(この王子の言う通りだ。俺が地味な男を演じ、王子に見下されるほど、あの女と王子の縁談が円滑に進むというもの。むしろ、望むところではないか)
「――仰る通りでございます」
ディアボロスは、あえて控えめな態度で頭を下げた。
「私のような者が、セシリア殿のような素晴らしいお方の隣に立つなど、恐れ多いことでございます」
その言葉に、ルミナス王子は満足げに鼻を鳴らした。
「分かっているではないか。ならば、大人しくその場を辞するがよい」
「――待ってください」
だが、その時、これまで黙っていたセシリアが、静かに口を挟んだ。
「ディオ様は、恐れ多いお方などではございません」
「な、なんだと?」
「私にとって、大切な――」
セシリアが言いかけた言葉を、ディアボロスは慌てて遮った。
(まずい……! ここで妙な事を言われては、王子との縁談に水を差しかねん……!)
「セシリア殿、ここは王子殿下のお言葉に従うのが筋というものです。私は、控えさせていただきます」
ディアボロスは、努めて冷静な口調でそう告げると、一歩後ろに下がった。
セシリアは、何か言いたげな表情を浮かべたが、結局は口をつぐんでしまった。
その様子を見て、ルミナス王子は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「よし、それでいい。では、改めて――」
彼は、恭しい仕草でセシリアに向き直り、その場に片膝をつく体勢を取り始めた。
(さあ、これで話は決まったも同然だ)
ディアボロスは、控えめな位置から、二人のやり取りを見守りながら、心の中でそう自分に言い聞かせた。
だが、なぜかその胸の奥には、達成感とは程遠い、もやもやとした感情が、じわりと広がり続けていた。
(これでいいのだ。これで、あの女は『普通の結婚』を手にできる。俺も、この命がけの日々から解放される。これで、いいはずなのに――)
彼は、その理由の分からぬ感情を、必死に自分の胸の奥へと押し込めるのだった。




