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第21話 神の国からの押し売り

「普通のデート」訓練が始まって数日が経ち、ディアボロスとセシリアの奇妙な関係は、それなりに軌道に乗りつつあった。


もっとも、「軌道に乗る」とは言っても、街の一角が半壊したり、露店の商品が消し飛んだりする頻度が、初日に比べて多少減った程度のことである。ディアボロスの胃は、相変わらず慢性的な痛みを抱えたままだった。


その日、セシリアは久方ぶりに聖ルスニア王国の大聖堂へと戻り、教会の業務に当たっていた。魔王城でのデート訓練とはいえ、彼女とて本業を完全に放棄しているわけではない。


「聖女様、本日は珍しく機嫌がよろしいようですね」


見習いシスターが、そう声をかけた。


「ええ、実はですね――」


セシリアが、頬を染めながら何かを語ろうとしたその時、大聖堂の正面広間に、けたたましいラッパの音と共に、豪奢な馬車が乗り付けてきた。


「な、なんでしょう、あの馬車は……」


金銀の装飾が施された馬車の扉が開くと、そこから降り立ったのは、金髪を縦ロールに整えた、きらびやかな身なりの青年だった。背後には、まるで薔薇の花びらが舞っているかのような錯覚を、周囲に与えるほどの自信に満ちた佇まいである。


「私こそ、聖ルスニア王国第一王子、ルミナス!」


青年は、大聖堂の広間に響き渡るほどの声量で名乗りを上げた。


「本日は、世界最強にして、この世で最も美しき大聖女セシリア殿に、大切な用件があって参上した!」


その場に居合わせた人々が、一斉にざわめいた。


「王子様が、聖女様に……?」


「まさか、あの噂は本当だったのか」


 



 


セシリアは、突然の来訪者を前に、困惑した表情を浮かべていた。


「あの、ルミナス王子。本日は、どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか」


「決まっている」


ルミナス王子は、自信満々に胸を張り、腰に手を当てながら宣言した。


「世界最強の聖女に相応しいのは、次期国王たるこの私をおいて他にいない。セシリア殿、私の妃として、迎え入れたいのだ」


会場に、驚きのどよめきが広がった。


「せ、聖女様が、王妃に……!」


「なんと名誉なことでしょう!」


周囲の人々は、色めき立って歓声を上げたが、当のセシリアは、複雑な表情を浮かべたまま黙り込んでいた。


(求婚……。これは、まさに『普通の恋』の一場面なのでしょうか……。でも――)


彼女の脳裏に浮かんだのは、意外にも王子の顔ではなく、変装した黒髪のディアボロスの姿だった。


(なぜでしょう。こういう場面では、もっと胸が高鳴るはずなのに……)


「セシリア殿、いかがか。私の妃として、共に人間界に平和と繁栄をもたらそうではないか」


ルミナス王子は、自信たっぷりの笑みを浮かべながら、そう畳みかけた。彼にとって、この求婚が断られるなどという可能性は、微塵も想定されていないようだった。


「あの、その……大変光栄なお申し出ではございますが」


セシリアは、慎重に言葉を選びながら答えた。


「実は、私にはすでに、婚活の練習相手が――」


「ん? 婚活の練習相手、とは何のことだ?」


ルミナス王子は、怪訝そうに眉をひそめた。


「ええと、その……普通の恋を学ぶために、共にデートの練習をしている、いわば仮のお相手が、おりまして」


「なんと! つまり、正式な婚約者ではないということだな! ならば問題あるまい!」


ルミナス王子は、都合よく解釈し、満面の笑みを浮かべた。


「その練習相手とやらが誰であろうと、私が本物の恋を教えて差し上げようではないか! さあ、日を改めて、正式に求婚の場を設けようではないか!」


その強引な物言いに、セシリアは思わず言葉を失った。


「あ、あの、王子様……」


「では、三日後! この大聖堂にて、盛大な求婚の儀を執り行う! 皆の者、しかと支度をせよ!」


ルミナス王子は、こちらの返事を待つことなく、一方的に宣言すると、優雅な足取りで馬車へと戻っていった。


 



 


残されたセシリアは、しばし呆然とその場に立ち尽くしていた。


(三日後に、求婚の儀……。どうしましょう。ディオ様に、相談しなければ)


彼女は、慌てて魔王城への転移準備を整え始めた。


その頃、魔王城では、ディアボロスが四天王からの報告書に目を通しながら、平穏な午後を過ごしていた。もっとも、その平穏がまもなく終わりを告げることになるとは、彼はまだ知る由もなかった。


「ディオ様! 大変です!」


セシリアが、転移魔法陣から慌てた様子で飛び出してきた。


「な、なんだ、どうした」


「人間の国の第一王子様が、私に求婚しに来られました! しかも、三日後に、正式な求婚の儀を執り行うと……!」


その報告に、ディアボロスは思わず持っていた書類を取り落としそうになった。


「――王子が? 貴殿に、求婚だと……?」


彼の胸の奥に、これまで感じたことのない、ちくりとした感覚が走った。それが何であるのか、この時のディアボロスには、まだ正確に言い当てることができずにいた。


「はい……。あの、どうしたらよいでしょうか」


セシリアの不安げな瞳を見つめながら、ディアボロスは、複雑な感情を押し殺すように、静かに考えを巡らせ始めるのだった。

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