第2話 魔王城の門番は、消し飛ぶためにある
魔界ディルガルド。
血のように赤い空の下、そびえ立つ漆黒の魔王城は、長年にわたり人間界からの侵攻を退け続けてきた鉄壁の要塞である。
その正門を守るのは、魔王軍の中でも選りすぐりの精鋭門番たち、通称「双牙の守護者」だ。
「おいおい、今日も平和だなぁ」
門番の一人、巨躯の魔族グロムが欠伸をしながら槍にもたれかかっていた。
「油断するな、グロム。人間どもの偵察隊がまた来るかもしれん」
相棒のヴァルクがたしなめる。ヴァルクは魔王軍の中でも知略に優れた魔族で、日頃から冷静沈着を心掛けていた。
「はっ、来たところで返り討ちよ。俺たちの結界を突破できる人間なんぞ――」
グロムの言葉が、途中で止まった。
彼の視線の先、荒野の向こうから、小さな人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えたからだ。
「……女?」
プラチナブロンドの髪をなびかせ、聖女服に身を包んだ少女が一人、鼻歌でも歌いそうな軽やかな足取りで魔界の荒野を歩いてくる。
その足取りには、これから始まる戦いへの緊張感など微塵もない。まるで婚活パーティーにでも向かうかのような弾んだ様子である。
「な、なんだあの女は……。護衛もつけずに、たった一人で……?」
ヴァルクが眉をひそめた瞬間、少女――セシリアが、二人の門番の前で立ち止まった。
「ごきげんよう。魔王ディアボロス様にお会いしたいのですが、取り次いでいただけますか?」
にこやかな笑顔である。人畜無害、そのもの。
グロムとヴァルクは、思わず顔を見合わせた。
「ぷ、ぷはっ! 何言ってんだこの女! 魔王様に会いたいだと!?」
グロムが腹を抱えて笑い出す。
「愚かな人間め。ここが魔界の最深部、魔王城と知っての狼藉か! 貴様のような小娘一人では、この門を通ることすら――」
「あ、そうですよね、失礼しました。では、こちらで」
セシリアは軽く両手を合わせ、祈るように光の粒子をまとわせた。
「ちょっと、お邪魔しますね」
次の瞬間。
轟音と共に、門番二人が守っていたはずの巨大な城門が、そして門番二人を含む半径五十メートルの防衛陣が、まばゆい光の奔流と共に――塵となって消し飛んだ。
「……は?」
城の物見台からその光景を目撃した別の魔族が、思わず呟いた。
「も、門が……いや、門番たちが……いや、防衛結界ごと……全部……消えた……?」
土煙が晴れた後には、直径数十メートルのクレーターだけが、何事もなかったかのようにぽっかりと口を開けていた。
グロムとヴァルクの姿は、影も形もない。かろうじて槍の破片が一本、地面に突き刺さっているだけだった。
セシリアは、その中心に立ち、パンパンと手についた埃を払っていた。
「あら、少し力が入りすぎてしまいましたね。挨拶代わりのつもりだったのですが」
彼女の中では、これは「軽い自己紹介」の範疇だった。加減という概念が、彼女の辞書には存在しない。
「では、失礼して中に入らせていただきますね」
セシリアはクレーターの中を、まるで玄関先を歩くような気軽さで通り抜け、崩壊した城門の奥へと足を踏み入れていく。
*
城内は騒然としていた。
「て、敵襲! 敵襲であります!」
魔王軍の伝令兵が、血相を変えて廊下を駆け抜ける。
「正門の守護結界が、たった一撃で……!! グロム様とヴァルク様が、消し飛ばされました!!」
「な、なんだと!? 一体どんな軍勢が攻めてきたというのだ!?」
「そ、それが……」
伝令兵は、震える声で報告した。
「軍勢ではなく……女が一人だけです」
その場にいた全員が、言葉を失った。
魔界の歴史上、単独で魔王城の防衛網を突破した人間など存在しない。
それが今、たった一人の少女によって、いとも容易く成し遂げられようとしていた。
そしてこの騒動は当然、玉座の間で優雅にティータイムを楽しんでいた魔王ディアボロスの耳にも、間もなく届くことになるのだ。




