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第19話 夕暮れの噴水前、いい雰囲気……か?

新しい紺色の上着を纏ったディアボロスと、どこか落ち着かない様子のセシリアは、夕暮れ時の街を並んで歩いていた。


橙色に染まった空が、石畳の街並みを優しく照らし出している。行き交う人々の数も次第に落ち着き、昼間の喧騒とはまた違った、穏やかな雰囲気が街全体を包んでいた。


「今日は、色々なことがありましたね」


セシリアが、ぽつりと呟いた。


「ああ、そうだな」


ディアボロスは、これまでの一日を思い返しながら、静かに頷いた。


石畳の崩壊、上着の破損、光る弁当、下級魔族の殲滅、そしてクレープ屋でのナイフ握り潰し事件――思い返せば、これほど濃密な一日も、彼の長い魔王人生において珍しいものだった。


(普通の一日、とは到底言い難い内容だったが……)


それでも、なぜか不思議と、悪くない一日だったという感覚が、彼の胸の中には確かにあった。


「ディオ様と一緒に過ごした一日は、その、私が思い描いていた『普通のデート』とは、少し違ったかもしれません」


セシリアが、少し恥ずかしそうに笑いながら言った。


「そうだろうな。石畳を破壊する町娘など、少女漫画には登場しないだろうから」


「うっ……それは、その、申し訳ございません」


セシリアは、しゅんと肩を落とした。だが、すぐにまた顔を上げ、明るい表情を見せた。


「でも、私、とても楽しかったです。誰かと一緒に、こうして街を歩いて、笑ったり、驚いたりする時間が、こんなにも幸せなものだとは、知りませんでした」


その言葉には、飾り気のない、素直な喜びが滲んでいた。


 



 


やがて二人は、街の中央にある噴水広場に辿り着いた。夕日を浴びた水しぶきが、橙色にきらきらと輝いている。周囲には、仕事帰りの人々や、寄り添うように歩くカップルの姿が見える。


「わあ、綺麗ですね……」


セシリアは、噴水の縁に腰掛け、その光景にしばし見惚れていた。


ディアボロスも、彼女の隣に腰を下ろした。ボロボロになりかけていた一日ではあったが、この瞬間だけは、不思議と穏やかな時間が流れていた。


「なあ、セシル」


「はい?」


「貴殿にとって、『普通の恋』とは、結局のところ、どのようなものだと思う」


ふと湧いた疑問を、ディアボロスはそのまま口にしていた。


セシリアは、少し考え込むような仕草をした後、静かに答えた。


「最初は、少女漫画に描かれているような、きらきらとした出来事のことだと思っていました。手を繋いだり、お弁当を作ったり、デートをしたり……」


「うむ」


「でも、今日一日を過ごしてみて、少し分かった気がします」


セシリアは、夕日に照らされた噴水を見つめながら、続けた。


「特別なことをしなくても、誰かと同じ時間を過ごして、一緒に驚いたり、笑ったり、時には困ったりする。そういう、なんでもない時間の積み重ねこそが、本当の意味での『恋』というものなのかもしれません」


その言葉は、これまでの彼女からは想像もつかないほど、しっとりとした響きを持っていた。


ディアボロスは、思わず彼女の横顔を見つめた。


夕日に照らされたセシリアの表情は、普段の無邪気さとはまた違う、どこか大人びた穏やかさを湛えていた。


(この娘は……本当に、ただ脳筋なだけの、無自覚な存在ではないのだな)


彼の胸の奥に、これまでとは違う種類の感情が、静かに、しかし確かに広がっていくのを感じていた。


「ディオ様は、いかがですか。今日、私と過ごしてみて」


セシリアが、不意にそう尋ねた。


ディアボロスは、一瞬言葉に詰まった。


(正直に言えば……。今日は、これまでの俺の人生の中で、最も予測不能で、最も胃に悪い一日だった。だが――)


彼は、静かに息を吐いてから、答えた。


「悪くない、と思う」


「本当ですか?」


セシリアの顔が、ぱあっと輝いた。その拍子に、彼女の膝の上に置かれていた手に、無意識に力がこもりかける。


「あ――」


ディアボロスは、咄嗟にその手をそっと押さえた。


「落ち着け。ここで感情が高ぶると、また何かが壊れるぞ」


「あ、す、すみません!」


セシリアは、慌てて深呼吸を繰り返した。その様子に、ディアボロスは思わず小さく笑ってしまった。


「ふふ」


「な、何がおかしいのですか」


「いや……。貴殿は、本当に忙しない人だな、と思ってな」


「うっ、それは、その通りかもしれません……」


セシリアは、少し恥ずかしそうに俯いた。


 



 


夕日が、次第に街の向こうへと沈んでいく。噴水の水しぶきも、橙色から次第に紫がかった色合いへと変わっていった。


「そろそろ、日も暮れる。今日のところは、これで終わりにしよう」


ディアボロスが、静かにそう告げた。


「もう、終わってしまうのですね……」


セシリアは、少し名残惜しそうな表情を見せた。


「その、また今度、こうして一緒に過ごしていただけますか?」


「……ああ、それが婚活の練習相手というものの役目だからな」


ディアボロスは、あくまで理由をつけてそう答えたが、その口調には、これまでのような義務感だけではない、何か別のものが滲んでいるようにも感じられた。


「はい! では、また今度、よろしくお願いします!」


セシリアは、満面の笑みで頷いた。夕暮れの光の中、二人はしばし、その場に並んで座ったまま、穏やかな沈黙を共有していたのだった。

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