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第18話 不意打ちのメンズウェア選び

クレープを食べ終えた二人が、次に向かったのは、大通りに面した紳士服の店だった。


「あの、ディオ様」


セシリアが、店の前で立ち止まり、意を決したような顔で切り出した。


「以前、私が破いてしまった上着のこと、ずっと気になっておりまして。応急処置はいたしましたが、やはりきちんとした形で、お詫びをさせていただきたいのです」


「いや、それはもう、気にせずとも――」


「いいえ! 恋人らしい振る舞いとして、こういった場面はとても大切だと、本に書いてありました。ぜひ、私に選ばせてください!」


セシリアの瞳には、既に固い決意が宿っていた。ディアボロスは、これ以上断ることの方が、かえって面倒な事態を招きかねないと判断し、渋々ながら頷いた。


「わ、分かった。では、頼む」


「はい! お任せください!」


 



 


店内に足を踏み入れると、セシリアは目を輝かせながら、陳列された服の数々を見て回り始めた。


「わあ、どれも素敵ですね……。ディオ様には、どんな色がお似合いになるでしょうか」


彼女は、真剣な表情で一着一着を吟味していく。その様子は、これまでの豪快な立ち振る舞いからは想像もつかないほど、繊細で慎重なものだった。


「あの、店員さん。試着室をお借りしてもよろしいでしょうか」


セシリアは、店員に丁寧に声をかけ、いくつかの候補を選び出した。深い紺色の上着、上品な黒のジャケット、それから少し華やかな刺繍の入った一着。


「ディオ様、こちらを試着していただけますか?」


「あ、ああ」


ディアボロスは、渡された服を持って試着室へと入っていった。


(まったく、大の男が試着室にこもるとはな。魔王としての威厳もあったものではない)


そんなことを内心で呟きながらも、彼は言われるがままに服を着替えていった。


 



 


試着室のカーテンが開き、ディアボロスが姿を現した。


紺色の上着を纏った彼の姿は、変装用の地味な黒髪であっても、その端正な顔立ちと相まって、驚くほどに様になっていた。むしろ、洗練された仕立ての服が、彼の隠しきれない気品をより一層引き立てているようにさえ見える。


「――っ」


セシリアは、その姿を見た瞬間、思わず息を呑んだ。


「あの……セシル? どうかしたか」


「い、いえ! その、とても……お似合いです……」


セシリアの頬が、みるみる赤く染まっていく。彼女はこれまで、変装した状態のディアボロスを、あくまで「婚活の練習相手」として、いわば記号的な存在として見てきた節があった。


だが今、目の前に立つ彼の姿を改めて見つめた瞬間、彼女の胸の奥に、これまでとは違う種類の感情が、ふわりと芽生えたのだった。


(な、なんでしょう、この気持ち……。ディオ様が、その、格好良く見えて……)


セシリアは、本の中でしか知らなかった「胸の高鳴り」というものを、生まれて初めて実感していた。


「セシル、どうした。顔が赤いようだが」


「な、なんでもありません! それより、こちらの黒いジャケットも、試していただけますか!」


セシリアは、慌てて話題を逸らしながら、次の候補をディアボロスに差し出した。その手つきが、心なしか震えているのを、当のディアボロスは気づいていなかった。


 



 


数着を試着した後、二人は最終的に、深い紺色の上着を選ぶことにした。


「これが、一番お似合いだと思います」


セシリアは、赤くなった頬を隠すように俯きながら、そう告げた。


「そうか。では、これにしよう」


会計を終え、店を出た後も、セシリアはどこか落ち着かない様子で、時折ちらちらとディアボロスの横顔を盗み見ていた。


(今まで、婚活の練習相手として、あくまで『役割』として見ていたはずなのに……。どうして、こんなに胸がドキドキするのでしょう)


彼女は、自分でも説明のつかない感情に戸惑いながら、密かに胸に手を当てた。


一方のディアボロスもまた、店の鏡に映った自分の姿と、その姿を見た時のセシリアの反応を思い返しながら、内心で首をひねっていた。


(あの反応は、何だったのだろうか。まるで――)


彼の脳裏に、ふと「照れている」という単語が浮かんだが、彼はすぐにその考えを打ち消した。


(いや、まさか。あの女に限って、そのようなことがあるはずが……)


だが、その否定の裏で、彼自身の胸の奥にも、なぜか落ち着かない、そわそわとした感覚が広がっていることに、ディアボロスはまだ気づいていなかった。


「あの、ディオ様」


「な、なんだ」


「せっかくですし、その、お似合いの服を着ていただいたことですし……もう少し、街を歩いてみませんか」


セシリアは、上目遣いにそう尋ねた。その表情には、これまでの豪快さとは違う、控えめな可憐さが滲んでいた。


「あ、ああ。構わない」


ディアボロスは、いつになく素直に頷いた。


夕暮れが近づく街並みを、二人は並んで歩き始めた。互いに、これまでとは少し違う感情の芽生えを、それぞれの胸の内に密かに抱きながら。

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