表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/31

第13話 発光するお弁当(怨嗟の声付き)

昼時が近づき、二人は街外れの公園にやってきた。緑豊かな木々が並び、噴水の周りには家族連れやカップルが穏やかに過ごしている、平和な光景である。


「ディオ様、こちらへどうぞ!」


セシリアは、ベンチに敷いた布の上に、大きな包みを広げた。その手つきには、並々ならぬ気合が感じられる。


「実は、少女漫画で読んだんです。恋人のために、手作りのお弁当を用意するシチュエーションを。ですので、今朝、腕によりをかけて作ってまいりました!」


「ほ、ほう。それは、楽しみだ」


ディアボロスは、そう答えながらも、内心では言い知れぬ不安を感じていた。これまでの彼女の「善意」が、悉く災害級の結果を招いてきたことを思えば、無理もない。


「実は、材料選びから、とても悩んだのです」


セシリアは、包みを広げながら、興奮した様子で語り始めた。


「教会の厨房を借りて、朝早くから準備をいたしました。せっかくですから、私の持てる技術のすべてを注ぎ込もうと思いまして」


「技術の、すべて……?」


その言葉に、ディアボロスは一抹の――いや、抹どころではない不安を覚えた。


「では、開けますね!」


セシリアは、包みの結び目を解いた。


その瞬間――。


「――ぴかっ」


包みの中から、まばゆい光が七色に輝きながら溢れ出した。


「な――!?」


ディアボロスは、思わず目を細めた。


そこにあったのは、確かに弁当箱の形をしてはいた。だが、詰められたおかずの一つ一つが、虹色のオーラを纏いながら、微かに脈打つように明滅している。よく見れば、卵焼きらしき物体からは、うっすらと湯気ではなく「怨嗟の声のような」低い唸り音まで聞こえてくる気がした。


近くを飛んでいた蝶が、その光に引き寄せられるように近づいた瞬間、ふわりと消滅した。


「じゃじゃーん! どうでしょうか!」


セシリアは、満面の笑みでその弁当を差し出した。


(な、なんだこれは……! ただの弁当が、まるで禁呪の触媒のような様相を呈しているぞ……! 蝶まで消えたぞ、今……!)


「あの……セシル。これは、その、普通の卵焼き、なのか?」


「はい! 心を込めて作りましたので、少し神聖魔力が乗ってしまったかもしれません」


「少し、というレベルではないと思うが……」


弁当箱全体から立ち昇る神聖なオーラは、周囲の空気を薄っすらと浄化しつつあり、近くにいた蟻や虫たちが、なぜか光に包まれて成仏していくのが見えた。ベンチの下に隠れていた野良猫までもが、なぜか目を輝かせて拝むような姿勢を取っている。


(虫が成仏する弁当だと……!? 猫まで崇め始めたぞ……! これはもはや、食べ物ではなく儀式の供物だろう……!)


「さあ、どうぞ召し上がってください!」


セシリアは、期待に満ちた瞳でディアボロスを見つめている。その表情には、一切の悪意もなく、ただ純粋に「喜んでほしい」という気持ちだけが溢れていた。


「その……見た目だけでも、十分に伝わってくるものがあるが」


「それはきっと、私の愛情が形になったからだと思います!」


「そ、そうか……」


(愛情が形になると、こうなるのか。恐ろしい話だ……)


 



 


ディアボロスは、震える手で箸を取った。


(食わねば……。ここで断れば、彼女はきっと傷つく。傷つけば、また何をしでかすか分からん……!)


彼の脳裏に、これまでの数々の惨状が走馬灯のように蘇る。石畳の崩壊、時計塔前の破壊、そして真っ二つに引き裂かれた上着。


(俺は……ここで、命をかけてこの弁当を食わねばならん……!)


魔界の絶対君主が、たかが弁当一つを前に、まるで戦場に赴くかのような覚悟を決めていた。


「い、いただきます」


ディアボロスは、光り輝く卵焼きを箸で掴み、意を決して口に運んだ。


口に含んだ瞬間、彼の全身を凄まじい神聖魔力の奔流が駆け巡った。味覚を通り越して、体の芯にまで響くような衝撃。まるで浄化の光を丸ごと飲み込んだかのような感覚だった。


(ぐ、ぐああああ……! 胃が、焼けるように熱い……! だが、まずくは……ない、のか……?)


味そのものは、意外にも悪くなかった。丁寧に下味がつけられ、素材の旨味もしっかりと感じられる。ただ、そこに纏わりつく神聖魔力の圧が、常人の食事の域を遥かに超えているだけなのだ。


ディアボロスは、涙目になりながらも、一つ、また一つと、光る弁当を口に運んでいった。


途中、煮物らしき一品を口にした瞬間、頭の中に一瞬、遠い先祖の記憶のようなものが走馬灯のように流れた気がした。


(今、何か、見てはいけないものを見た気がする……)


彼はそれを、必死に見なかったことにした。


 


「お、美味しいですか?」


セシリアが、期待に満ちた瞳で尋ねる。


ディアボロスは、胃の奥に走る鈍い痛みを必死に堪えながら、それでも彼女の顔を見た。


無垢で、まっすぐで、ただ「喜んでほしい」という気持ちだけに満ちた笑顔。


「……ああ。美味い」


その一言に、セシリアの顔がぱあっと輝いた。


「よかったです! 本当に、よかった……! 実は、少し心配だったんです。初めて作る料理でしたので」


「初めて、なのか」


「はい! いつもは教会の食堂で用意していただいていたので、自分で一から作るのは、これが初めてでした」


その告白に、ディアボロスは思わず箸を止めた。


(初めての料理で、これか……。いや、待て。むしろ、初めてでこの威力ということは、次からはさらに――)


考えるだけで恐ろしい未来が脳裏をよぎったが、彼はそれを慌てて振り払った。


その屈託のない喜びように、ディアボロスの胸の奥が、ほんの少しだけ、じんわりと温かくなった。


(……くそ。胃は死にそうだというのに、なぜこんな気持ちに……)


自分でも説明のつかない感情に戸惑いながら、ディアボロスは、光る弁当の最後の一切れを、静かに口に運んだのだった。


食べ終えた後、彼の胃の中では、聖なる光と魔族の生命力が、静かに、しかし確実に激しい攻防を繰り広げていた。だが、その痛みすら、なぜか悪いものではないような気がしてくるのが、彼自身にとって最も理解し難いことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ