第8話 外交
サディスがスモーフ家の領地に戻ってからしばらく経った。
今日は評定が開催される日だ。
家臣たちはいつものように会議室に集まる。
「それでは、評定を始めましょうか。サディス、調略の首尾はいかがですか?」
本来なら古参の家臣から順に報告するのでサディスの順番はもっと後だ。
しかし、レイナが待ちきれなかったらしい。
サディスは苦笑しつつ、謀略の現状を報告する。
「ひとまず種は蒔いてきました。順調にいけば次回の評定で良い報告ができるはずです」
「そ、そうですか! 期待していますよ」
レイナが興奮気味に身を乗り出す。
他の参加者たちはまだ半信半疑という視線をサディスに向けていた。
その後、参加者たちが順に任務の成果を報告する。
(全員が内政に長けているわけじゃないんだな……)
それぞれの成果を比較しつつ、サディスはそんなことを考えていた。
ハルバーという若手の文官は段違いの成果を上げているが、他は平凡というしかない。
やがて、ミルを含めた全員の報告が終わる。
「そうですか……。ルーザス家だけでなく、他の国も軍備を増強しているのですね」
「はい。さすがにルーザス家のペースは異常ですが、他の国も徐々に兵を増やしています」
(軍拡競争には遅れている……か。どうしたものか)
サディスは内政重視の方針では生き残れないと考えていた。
そしてそれは、レイナも同じだったようだ。
「あの……隣接する周辺国のいずれかと同盟を組むことは出来ないでしょうか。ルーザス家は無理でしょうけれど、他の3国なら可能性があると思いませんか?」
サディスは軍備と謀略で敵との戦力差を埋められないかと検討していたが、レイナは外交で味方を増やそうと考えたようだ。
レイナの問いにミルが答える。
「その中で一番可能性が高いのは東のヴィクタル家でしょう。かの国は周囲のどことも外交関係が無いですし、兵力もやや劣っています」
それでもスモーフ家とほぼ同じ兵力だ。
備えが手薄になれば、攻めてくる可能性は十分にある。
「ヴィクタル家の当主は戦闘狂だと聞いたことがあります。だからどの勢力とも組まないと豪語しているとか」
「それでも、私たちが生き残るにはヴィクタル家と手を組む必要があると思います。どなたか、ヴィクタル家への使者になってくださいませんか?」
家臣たちは互いに顔を見合わせるだけで、立候補しようとしない。
誰もが自信無さげな表情をしていた。
「レイナ様、オレに行かせてもらえませんか?」
「えっ? ですが、調略が……」
「そちらは毒が回るのを待つ時間が必要ですから、その間に外交の使者としてヴィクタル家に赴きます」
「……すごい。クシュー様と同じことを言っているぞ」
家臣の誰かがポツリと言葉を漏らす。
(そうか、今まではクシュー様が外交も担当していたんだな。……まさか、内政以外は全部クシュー様がやってたんじゃないだろうな?)
サディスの予想は当たっていたが、彼がその事実を知るのはもう少し先のことだった。
数日後、サディスはヴィクタル家の本拠地に到着した。
当主との面会を申し込むと、そのまま応接室に案内される。
サディスがしばらく待っていると、一人の青年が部屋に入ってきた。
「初めまして。ヴィクタル家の当主、オルター・ヴィクタルです」
「サディス・ハークと申します。スモーフ家で軍師を務めています」
(次に会う時には軍師になっている予定だから大目に見てもらおう。使者の格が低いと、それだけで破談になる可能性があるからな)
オルターは鋭い眼光を放ち、サディスを見つめていた。
「それで、今日はどのようなご用件かな?」
「はい。我が主、レイナ・スモーフはヴィクタル家との同盟をお望みです」
サディスはそう言うと、レイナからの手紙を差し出す。
オルターはそれを受け取ると、無言で読み始めた。
しばらくして、手紙を読み終えたオルターが顔を上げる。
「うーん。色よい返事は出来ないな」
「理由をお聞かせ願えますか?」
オルターに断られることは想定内だったので、サディスは静かに問いかけた。
「ぼくは強さこそが正義だと思っている。弱い者には興味が無いんだ」
「つまり我々が弱い、と?」
「クシュー殿はつわものだったと思うよ。あのお方は比類なき傑物だった。戦場で手合わせできなかったのが残念で仕方ない」
クシューはヴィクタル家の領地には侵攻しなかったので、彼らが戦うことは無かった。
「だけど、孫のレイナ殿はどうだろう。人望はあるみたいだけど、軍才があるようには感じないね」
(残念ながら否定できないな)
サディスは何も言わずにオルターの言葉を受け止める。
「それに、スモーフ家の家臣たちに兵の指揮に秀でた者はいない。クシュー殿が病を押して戦場に立ち続けたのは、他に任せられる人材が居なかったからだろう。クシュー殿がご存命ならまだしも、今のあなた方と同盟を組んだころで我々にメリットが無い」
オルターはそこでサディスの言葉を待つ。それはまるで、「言いたいことがあればどうぞ」と言っているかのようだった。
サディスもここが勝負どころだと判断する。
「オルター様のおっしゃることはごもっともです。スモーフ家の家臣たちはクシュー・スモーフに頼り切りで、彼は軍事から外交まで、全てのことを一人でこなしていました。そして彼の死後、その穴を埋める人材も居ませんでした。……これまでは」
「ほう? 今は違うと?」
「はい。今は戦略、戦術、そして調略において、オレがクシュー様の穴を埋めています」
サディスがそう言い放つと、オルターは高らかに笑う。
そして、サディスに好戦的な目を向けた。
「面白い。まだ初陣も済ませていない青二才がそこまで言うか。良いだろう。お前の実力次第では、この同盟を受けてやろう」
オルターはそう言って、従者を呼んで何かを命令する。
しばらくすると、応接室の机の上に盤と駒が用意された。
「これは……戦戯盤ですか?」
戦戯盤、それは実際の戦場を模した盤と部隊を模した駒を用いた戦術シミュレーションだ。
戦術の教育や研究に用いられるだけでなく、二人で対戦することもできる代物だ。
「さあ、お前がクシュー殿に匹敵するというなら、その才能を証明して見せろ!」
オルターは猛獣のような視線を向けた。




