第7話 初任務
数日後、サディスを含むスモーフ家の家臣たちが、評定のために集合していた。
「みなさんお集まりですね。それでは評定を始めます」
レイナがそう言うと、家臣たちが深々と一礼する。
まず、順々に前回受けた任務の結果を報告し始めた。
報告が終わりに差し掛かった頃、サディスはあることに気づいた。
(みんな内政ばっかりだな……)
評定参加者の大半が開墾や治安向上などの任務に携わっていて、募兵や兵士の訓練を行った家臣はほとんどいない。
謀略や外交にいたっては誰も担当していなかった。
(国を富ませるのも大事だが、今は外敵に備える時期だと思うんだけどな……)
早くも不安になるサディスだった。
「それでは、次回の評定までの任務を決めていきましょうか。希望の任務はありますか?」
(えっ? レイナ様が割り振るんじゃなく、家臣たちの希望を聞くのか)
思わず口を出しそうになったサディスだが、新参者であり、身分も低いので我慢する。
家臣たちは次々と内政の任務を希望し、軍備の任務を希望したのはネストだけ。謀略や外交には誰も立候補しなかった。
(偏っているが、特に調整せずに進むみたいだな……)
前回の任務の結果と周囲の様子から、サディスはそう結論付けた。
やがて、サディスとミル以外の全員の任務が決まる。次はサディスの番だった。
「オレは西の国、ルーザス家への調略と調査を担当したいです」
サディスがそう言うと、参加者たちが驚いた顔を見せる。
(そんなに驚かれるとは……。何かマズかったか?)
「ええと、ルーザス家は謀略への備えがしっかりしているが、大丈夫かい?」
そう確認してきたのは、先日の評定で周囲の状況を説明してくれた初老の男性だった。
男性の反応を受けて、サディスは自身の考えを少しだけ改める。
(調略が不要だと思っているのではなく、成功しないと思っていたのか)
それはそれで問題だが、謀略の必要性を感じてくれているだけありがたい。と、サディスは前向きに考えることにした。
「お爺様は軽々と調略を決めていましたが、私にはマネできませんでした……」
「謀略に失敗したのは我々も同じです。ルーザス家には優秀な軍師もいますし、レイナ様に非はございません」
初老の男性が優しく言葉を掛けると、周囲から同意の声が飛んだ。
「優秀な軍師……面白くなってきましたね」
サディスの顔を見た誰かが「ヒッ」と声を漏らす。
他の面々がサディスを見る目にも、恐怖の感情が混ざっていた。
そんな折に、ミルが控えめに手を挙げる。
「あの、少し良いでしょうか。うちは周辺国の調査をしたいのですが、ルーザス家の調査もうちが担当しましょうか? そうすればサディス様が調略に専念できるかと」
「さ、さすがに四方全ての調査は大変ではありませんか?」
初老の男性が引きつった笑みを浮かべる。
「ご心配ありがとうございます。ですが、それぞれの国に伝手がありますので大丈夫ですよ」
ミルがグッと気合を入れるように構えながら言うと、周囲から感嘆の声が漏れる。
(変な奴だと思っていたが、ミルって結構有能なのでは?)
サディスは密かにミルに対する評価を改めていた。
数日後、サディスはルーザス家の領地に足を踏み入れた。
ミルもルーザス家の調査のため、彼に同行している。
レイナは渋い顔をしていたが、私情よりも勢力の都合を優先したようだ。
「ここがルーザス家の領地か」
「うちが前に来た時よりも、荒れ地が増えている気がします」
「そういえば、ルーザス家は凄い勢いで兵を集めているんだったな」
サディスはレイナたちから聞いた情報を思い出す。
それは先代であるクシューの死後、ルーザス家が兵力を一気に増やしたという内容だった。それまでは互角の兵力だったが、あっという間に水を開けられてしまったそうだ。
(だが、急に兵を集めたから内政にしわ寄せが来ているように見えるな)
サディスはニヤリと笑った。
翌日、調査に向かったミルと別れ、サディスは謀略を仕掛けるための情報を集めていた。
(本当は時間をかけて『毒』を染み渡らせたいんだけどな……。クシュー様ならどうするだろうか)
短期間で成果を上げようとすればするほど直接的な行動となり、露見したり失敗したりする可能性が上がる。
侵攻の口実となる恐れもあるので、確率の低い行動は避けたいところだ。
その日、サディスは情報を求めて靴底をすり減らした。
酒場に入って酔っ払いから意味不明な説教を受けたり、じめじめした路地で不良たちと賭け事をしたりしながら、様々な情報をかき集めた。
宿に戻ったサディスは部屋でミルと合流し、彼女の成果を聞く。
「兵力についての具体的な情報を得ることができました。クシュー様が亡くなる直前と比較して、今は3倍以上に増えているそうです」
「3倍だって!?」
サディスが驚くのも無理はない。
クシューの死からまだ1か月と少ししか経っていないのだ。
約1か月の間に兵士の数を3倍に増やしたのだから、彼らの本気度合いがうかがえる。
「また、ルーザス家は南のゴルダス家と同盟を結び、西の国とは互いに不可侵の約束を結んでいるそうです」
「つまり、スモーフ家に対してほぼ全力を投入できるというわけか……」
実際は北側の隣国からの侵攻や、治安維持に兵を残さないといけないが、それを差し引いてもスモーフ家の全兵力の倍以上になる。
逆に、スモーフ家はルーザス家に対して全兵力を投入できないので、両国の戦力差はさらに開くだろう。
ルーザス家がゴルダス家との同盟を活かして同時に侵攻してきた場合、スモーフ家は簡単に滅亡する可能性すらある。
(ルーザス家が全兵力を投入できないようにしなければ)
サディスはそのための策を練るのだった。
数日後、サディスはルーザス領で一番大きな街をうろついていた。
ミルは他にも調査しなければならない国があるため、既にルーザス家の領地から出ている。次に二人が再会するのは、お互いに任務を終えて領地に戻った後だ。
サディスは薄暗い路地に入っていく。すると、路地の奥に居た男から声を掛けられた。
「……誰だ?」
「お前たちの味方だよ」
「……ルーザス家の人間じゃないのか?」
「ああ。お前は北の国出身だな?」
ルーザス領の北にも国があり、その国とルーザス家はあまり関係が良くない。
ミルの情報では、かの国もルーザス家が兵をかき集めたのことを警戒しているようだ。
「よく分かったな。やっぱりこの訛りのせいか」
サディスは小さくうなずく。
男たちにはルーザス領の住民たちとは異なる訛りがあり、他国の人間だと見抜くのは容易だった。
「お前たちに頼みたいことがある。この周辺の不良たちに、ルーザス家に対する不満をすり込んでもらいたい。期間は三日間だ。請け負ってくれるならこれを渡そう」
サディスが硬貨の入った袋を見せると、男は驚愕に目を見開いた。
「そ、そんなにか!?」
「これはあくまで手付け金だ。成功すれば、その程度に応じて追加の報酬を出そう」
男の目が輝き、それを見たサディスは交渉が成功したことを確信する。
サディスは三日後に路地を訪れることを約束すると、街を去っていった。
三日後、サディスが再び街に戻ってきた。
(どうやら失敗したみたいだな)
サディスは自身が凍てつくような目をしていることに気づかぬまま、路地に向かった。
「自信はあった……いや、次こそは成功させる自信がある! だからもう一度だけチャンスをくれ!」
路地の奥で、男がサディスに平伏する。
周囲には男の仲間たちの姿もあるが、彼らの視線などお構いなしだ。
「オレは他の街でもお前と同じ依頼を出した。そして、彼らは成功報酬を受け取ったよ。言いたいことは分かるな?」
サディスはそう言うと、男の頭上に三日前と同じ金額が入った袋を置く。
「次は1か月後に来る。何も成果が無ければ、それは手切れ金になるだろうな」
それだけ言い残し、サディスは去っていった。




