第6話 状況確認
「では、我が領地と周辺国の現状を確認しましょうか」
「レイナ様、ここからは私が……」
レイナの隣に座る、初老の男性が説明を開始する。
「まずは我々の領地ですが、四方を敵に囲まれております。特に西のルーザス家は我々を目の敵にしています」
「クシュー様がルーザス家の領地を奪ったからですね?」
サディスの言葉に男性がうなずく。
「はい。ルーザス家はクシュー様がお亡くなりになったのを好機とみて、我々を攻撃する準備をしているとの噂もあります」
「噂? ルーザス家の領地に密偵を送って調査していないのですか?」
「そこまでは……」
男性の歯切れが悪くなる。
(だよなあ。世間に出回っている情報と大差ない)
一番警戒すべき相手の情報を集めていないことに対し、サディスは不安を抱いた。
「どうせルーザス家は攻めてこないですよ。兵士を集めているっていう噂も、別の国を攻めるためかもしれませんよ」
家臣の一人は余裕の笑みを浮かべてつぶやく。
クシューが存命の間は無敗だった相手であり、ルーザス家から攻めてくることも無かったので、家臣たちは彼らを見下しているようだ。
「……油断してはなりません。彼らは間違いなく半年以内に攻めてきます。奴らの狙いは私。どこに逃げても執拗に追ってきて――」
「レ、レイナ様?」
光の消えた目でブツブツとつぶやき始めたレイナに、この場の全員がギョッとする。
だが、彼女の言葉を聞き取れた者は居なかった。
「し、失礼しました。少し嫌なことを思い出しまして……。どうぞ続けてください」
レイナは全員の視線を集めていたことに気づくと、恥ずかしそうに顔を伏せる。
男性は「こほん」と咳払いして、説明を再開した。
「レイナ様の指示もあり、我々もルーザス家に備えて国境付近の守りを固めております」
家臣の一人が、「ワタシは来ないと思いますがね」と肩をすくめたが、レイナたちの耳までは届かなかった。
「どの程度の兵を置いているんですか?」
「クシュー家の兵の約半数です。さすがに、これ以上他の方面から兵を回すわけにはいきません」
(ルーザス家以外から攻められるとマズいな。何とかして敵を減らさないと)
サディスはそう考え、スモーフ家の外交状況を尋ねる。
「ウチと他の三国の外交関係はどうなっていますか?」
「北のユージュ家からも領地を奪いましたので、彼らとは険悪です。東と南は中立の関係ですね」
(なるほど。同盟を結ぶなら東か南のどちらかだな)
その後も現状の確認が続いた。
サディスは疑問点があればすぐに質問し、理解を深めていく。
だが、1日で10年間の空白を埋めることはできなかった。
「……そろそろ時間ですね。今日はこのぐらいにしておきましょう」
レイナが遠慮がちに声を掛ける。いつの間にか外は暗くなり始めていた。
「もうそんな時間か」
サディスが残念そうにつぶやく。
それを見たレイナは苦笑を浮かべる。
「お時間があれば、明日もここに来てください。私で良ければ引き続き説明しますので」
「良いのですか!? 助かります!」
サディスが無邪気に笑い、その姿をレイナが愛おしげに見つめた。
周囲の家臣たちは、我が子を見守るような視線を二人に向ける。しわがれた「尊い……」という声がこぼれた。
翌朝、サディスは城の会議室にやってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
「い、いえ。私が早く着きすぎただけですから……」
レイナが頬をほんのりと染めて俯く。彼女はサディスとの打ち合わせが楽しみで早く来てしまったのだが、そのことにサディスが気づいた様子は無い。
「それでは、今日も始めましょうか」
「よろしくお願いします。レイナ様」
サディスが恭しく頭を下げると、レイナは小さく笑った。
お昼になり、市中から鐘の音が鳴り響く。
当然、その音は二人の耳にも届いた。
「もう昼ですか。時間が経つのはあっという間ですね」
そう言いながらサディスは小さく身体を伸ばす。
レイナは何か思い悩んでいる様子だったが、意を決して話しかけた。
「あ、あの! もし良ければ一緒にお昼ご飯を食べませんか?」
「えっ? 良いのですか?」
サディスの言葉に、レイナはコクコクとうなずいた。
二人は応接室に移動する。
「ここでしたら他の人が来ることもないでしょう」
レイナはそう言うと、使用人を呼んで食事の用意をお願いする。
使用人が退室して二人きりに戻ると、サディスはレイナに頭を下げた。
「人目につかないので、落ち着いて食事できそうですね。ご配慮に感謝いたします」
「……ばか」
レイナは口を尖らせたが、サディスが気づくことはなかった。
二人が食事を終えると、食後の紅茶が用意される。
本来ならゆったりとした時間が流れるはずだが、レイナの表情は冴えない。
(さっきからレイナ様の表情が暗い。何か心配事でもあるのだろうか)
サディスはどう声を掛ければ良いものかと悩むが、気の利いた言葉が思い浮かばない。
すると、レイナが先に口を開いた。
「あの……。サディスは未来が見えるなんて事があると思いますか?」
「えっ?」
(どういう意味だ? 何かの例えか?)
サディスが返事を悩んでいる間に、レイナは落胆した表情に変わる。
「すみません。深い意味は無いので忘れてください」
(マズい! 何か言わないと!)
サディスはレイナの悲しむ顔を見たくないという一心で言葉を紡いだ。
「未来を見た経験が無いので間違っているかもしれませんが、未来って今の行動で変えられると思うんです。なので、レイナ様の未来がより良いものになるように、全身全霊をもってお仕えいたします」
「……ありがとう、ございます」
レイナの頬を一筋の涙が伝う。
「レ、レイナ様!? 申し訳ありません!」
幼馴染を泣かせてしまったことに焦ったサディスが、慌てて謝罪する。
彼女が落ち着くまでには少し時間を要した。
二人は昼食を終えると、勉強会を再開した。
午後も集中して取り組んだ結果、二人が気づいた頃には夕方になっていた。
「もうこんな時間ですか。あっという間でしたね」
「ですが、レイナ様のおかげでスモーフ家と周辺国についてよく理解できました。本当にありがとうございます」
「サディスのお役に立てて嬉しいです。良い献策を期待していますよ」
レイナがそう言って笑うと、サディスは目を細めた。
サディスが帰路に就き、その姿が徐々に小さくなっていく。
見送りに来ていたレイナは、城門の前で彼の後ろ姿を見つめていた。
「未来は変えられる……ですか。あなたがここに居る時点で、既に私の知る未来から外れていることを失念していました」
レイナが漏らしたその言葉は、誰の耳に入ることもなく消えていった。




