第42話 決着
「じゃあな」
ラースが抑揚の無い声で告げた直後、彼の愛馬が地を蹴る。
人馬は瞬く間にサディスのもとに駆け寄ると、ロングソードを小さく振りかぶった。
そして、駆け抜けざまに鋭い斬撃を繰り出す。
剣を構える余裕の無かったサディスは、とっさに利き手で顔を庇う。
その手には、レイナから貰った羽扇が握られていた。
一本の白い羽根がふわりと宙を舞う。
同時に、金属がぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
「ぐっ!」
「なっ!? 仕留めそこなったか!?」
だが、これで諦めるラースではない。
巧みに馬を操ってロス無く旋回すると、再びサディスのもとに迫った。
「サディス様をお守りするぞ!」
「遅いっ!」
異変を感じ取ったサディス隊の兵士たちが集まってきたが、彼らよりも先にラースがサディスのもとにたどり着く。
「今度こそ終わりだ!」
ラースがロングソードを振りかぶった瞬間、サディスは左頬に風を感じた。
直後、ロングソードと槍がぶつかり合い、火花が散る。
「彼はぼくの好敵手だよ。勝手に横取りしないでくれるかな?」
「……オルター・ヴィクタル。貴様が何故ここに?」
「サディスから熱烈なラブレターを貰ったからね。すぐに飛んできたのさ」
(オルター殿ってこんな感じだったか? 前に会った時と随分印象が違うような……)
サディスが首をかしげている間に、オルターとラースが対峙する。
駿馬に乗り、獲物を構える二人からは近づき難いほどの殺気が漏れ出ていた。
「貴様ら二人を討てばスモーフ家とヴィクタル家の領地を得たも同然」
「『稀代の名君』はぼくを楽しませてくれるのかな?」
オルターとラースはどちらからともなく馬を前進させると、すれ違いざまに一撃を放つ。再び金属の衝突音が響き渡った。
「……」
「へぇ……」
その一合で相手の力量を把握したのか、それまで不敵な笑みを浮かべていた二人の表情が一変する。
二人はそのまま十合以上打ち合ったが、勝負はつかなかった。
やがて、彼らの周囲にサディス隊とヴィクタル家の兵士が集まってくる。
それを見たラースはオルターから距離を取った。
「この勝負、預けるぞ!」
ラースはそう言い残し、遮る兵を蹴散らしながら本陣に引き返す。
彼の愛馬、一日に千里を駆けると評された駿馬に追いつける者はいなかった。
ラースによる一発逆転の勝負手が防がれたことで、ゴルダス軍は退却を始める。
スモーフ軍はヴィクタル家の援軍と協力して追撃をかけ、敵に大きな被害を与えた。
多くの将兵を失ったゴルダス軍はそのまま国境を越え、ゴルダス領の最北端に布陣する。
ラースはカムスとは違って将兵からの人望が厚い。一度負けたぐらいで兵士たちが逃げ出すようなことも無く、スモーフ軍が隙を見せればすぐに攻め込む構えだった。
一方、サディスたちはラースの恐ろしさを思い知らされたばかりなので、堅陣を敷いてゴルダス軍の動きに神経を尖らせる。
そんな中、スモーフ軍の将兵を勇気付ける出来事が起きた。サウザンが増援の兵を送ってきたのだ。
彼はクラーナが前線に移動した後も一人でルーザス軍の敗残兵をかき集めていた。
領内に留まっていた敗残兵は意外に多く、最終的に1,000人近い兵がレイナに忠誠を誓う。その兵たちは次々と前線に送り込まれた。
あまりに兵士を連れてくるものだから、家臣の誰かが「サウザン殿は畑で兵士を育てているのか!」と叫んだとか。
両軍が国境を挟んで睨み合い、五日が経過した。
本拠地から派遣されてきた伝令が各方面の戦況を伝える。
「ルーザス家との戦いについて報告いたします。当家の宝剣に釣られたカムスが砦への攻撃を強行してきましたが、無事、当家が大勝を収めました。ルーザス軍は既に撤退済みです」
「ありがとう。砦の被害は?」
「被害は僅かです。敵兵の士気が低かったことも幸いしました」
「だよな。俺も2回惨敗した砦をもう1回攻めろって言われたら嫌だもん」
伝令によると、今回のルーザス軍は破城槌などの攻城兵器を用意していなかったそうだ。
しかも、ルーザス家で一番の名将であるマキュラーが体調不良のため従軍していなかったとの事。
この状況で兵たちの士気が上がるわけもなく、旗色が悪くなった途端に兵の逃亡が相次いだらしい。
「北はどうだ?」
「ユージュ家との戦いも終わりました。ハルバー様はサディス様の作戦に従って守りを固めました。ユージュ軍は罠を疑ったのか、全く攻撃を仕掛けてきませんでした。しばらく睨み合いとなりましたが、三日前にゴルダス軍が敗走したという報告が入ると、彼らは戦わずに領地へと引き揚げていきました」
「すごい……。本当にヒオール殿を惑わせちゃった」
「正直半信半疑だったが……。やるな、サディス」
ピューラとネストだけでなく、伝令兵までもがサディスに尊敬のまなざしを向けた。
サディスは少し色づいた頬を掻く。
「ヒオール・ユージュの性格を調べて上げてくれたミルと、初陣にもかかわらず落ち着いて指揮を執ったハルバー殿のおかげですよ」
翌朝。
見張りの兵士がサディスたちのもとに駆け込んできた。
「申し上げます! ゴルダス軍が夜のうちに撤退した模様です!」
「なんだって!?」
サディスたちは慌てて国境付近まで確認に向かう。
すると、ゴルダス軍の陣は跡形も無く消え去っていた。
「追撃を防ぐため、夜のうちに陣払いしたのかもしれませんね」
「ラース・ゴルダス……。恐ろしい男だぜ」
サディスとネストが不敵な笑みを浮かべ、いつの間にか隣に来ていたオルターは『新たな好敵手を見つけた』と言わんばかりの表情を見せる。
「男の人ってみんなそうですよね。どれだけ『ライバル』のことが好きなんですか!」
「あはは……」
クラーナがわざとらしく「ムキーッ」と言いながら地団駄を踏む。
遠く離れた地で、サウザンがくしゃみをしたという。




