第41話 万夫不当の男たち
三日後。
ゴルダス軍の東側に布陣したサディスは、真剣な面持ちで戦況を見つめていた。
本陣はクラーナ隊がよく守っている。クラーナの指揮が冴え渡っているだけでなく、兵士の士気も非常に高い。
ラースも戦上手だが、亀のように守りを固めたクラーナ隊を攻めあぐねていた。
(さすがはクラーナ殿。あのラース殿を相手にここまで善戦するとは)
ゴルダス軍もここで足止めを食らうのは想定外だったようで、兵卒たちには苛立ちが募っているようだ。
伝令によるとネスト隊とピューラ隊は持ち場に到着し、あとは攻撃開始の合図を待つだけとなっている。
(今が仕掛け時だな)
サディスは配下の兵士に命じて攻撃開始の狼煙を上げた。
◇
ゴルダス軍の背後に回り込んだネストは、狼煙を見て不敵な笑みを浮かべた。
「よしっ、合図だ。思う存分暴れてやろうぜ!」
その言葉に反応し、兵士たちがネストの旗を掲げる。
ネストは兵士たちを従えてゴルダス軍に突っ込んでいった。
スモーフ家の部隊が四方より攻めかかってからしばらく経った。
相手が浮足立っていることもあり、スモーフ家が優位に立っている。
ただ、ゴルダス軍も簡単な相手ではない。
各方面に指揮官を配置し、態勢の立て直しを図る。
「態勢を立て直されれば被害が大きくなる。何とかして決定打を与えられないものか……」
ネストがそんなことを考えていると、必死に部隊の鎮静化を図るゴルダス家の将軍が目に入った。
獲物は大斧。非常に大柄な男で、二の腕は木の幹のように太い。
実はこの将軍、ゴルダス家が誇る怪力自慢であり、個の武勇ではラースにも引けを取らないほどの豪傑だ。
「これだ」
ネストは不敵に笑うと将軍に向かって駆け出した。
兵士たちの沈静化に当たっていた将軍が、接近してきたネストに気づく。
「誰だ!?」
「俺はスモーフ軍の総大将、ネスト様だ。貴様に一騎打ちを申し込む!」
ネストはあえて不遜な態度を取り、敵将を挑発する。さらに剣を波打たせながら一振りしてみせた。
それを見たゴルダス家の将はニヤリと笑う。
「良いだろう。オレ様に挑んだことを地獄で後悔するんだな」
二人は両軍の中心で対峙する。
ゴルダス軍の将がネストの配下に向かって叫んだ。
「お前たちに良いものを見せてやろう。……そこのお前! 一騎打ち開始の合図と同時に天に向かって矢を放て!」
男が指示すると、ネストの部下が慌てて弓を構える。
彼は、あの矢が落ちてくるまでの間に終わらせると言っているのだ。
「ずいぶん余裕だな」
「お前なんざ一撃で仕留めてやるよ!」
「面白い。少しは楽しませてくれよ?」
「ほざけ!」
ネストは「おお、こわいこわい」と漏らしながら剣を構える。敵将も大斧を軽々と持ち上げた。
両軍の兵士たちは音も立てずに二人を見つめる。
一瞬の静寂。その間に、ネストはチラリと周囲を見回した。
どこか余裕を感じるゴルダス家の兵士たち。彼らは指揮官の大男が負けるとは夢にも思わないのだろう。
「勝った」
ネストは誰にも聞こえないようにつぶやく。
彼は既に一騎打ちの後のことを考えていた。
「始め!」
ゴルダス軍の兵が開始の合図を出し、構えていた兵が天に向かって矢を放つ。
最初に動いたのはゴルダス軍の将だった。
彼はその巨躯を大きく揺らしながらネストに急接近する。
「速い!?」
巨体のわりに敏捷な動きを見て、スモーフ軍の誰かが驚きの声を上げる。
だが、ネストは微動だにしない。
「くらえぇ!」
ゴルダス軍の将は大斧を大きく振りかぶり、渾身の一撃を放つ。彼は勝利を確信し、勝ち誇った表情を浮かべる。
だがその刹那、彼の背中に剣先が突き出した。
「ふっ!」
ネストが力を込めて剣を引き抜くと、男の身体から血が噴き出し、そのまま地面に倒れ伏す。彼は最期まで、何が起きたのかを理解できなかった。
「敵将、ネスト様が討ち取ったぞ!」
高らかに剣を掲げ、ネストがそう宣言する。
その直後、一等席で一騎打ちを見守っていた矢がポトリと落ちた。
◇
ネストが一騎打ちで勝利する少し前。
東側ではサディスが険しい表情で戦況を見つめていた。
(敵の立ち直りが早すぎる。どうなっているんだ?)
彼の脳裏に『失敗』の二文字が浮かんだ直後、敵陣にラースの旗がはためいた。
ラースが指揮を執ったため、東側の敵兵が落ち着きを取り戻したのだ。
「そうか。そういうことだったのか」
サディスがニヤリと笑う。
強敵との知恵比べを前にして、彼の胸は高鳴っていた。
ラースとサディスの実力が伯仲していたため、東側の戦線は膠着状態に陥った。
ゴルダス軍は守備を固め、他方面の味方が立ち直るまでの時間稼ぎに専念する。
(落ち着け。いずれチャンスは来るはずだ)
サディスは自身にそう言い聞かせ、努めて冷静に兵を動かす。
ここで焦って無理攻めをするようでは、勝利は遠のいてしまうからだ。
結局、互いに被害を抑える立ち回りを続けた。
両軍の均衡が破れたのは、しばらく経ってからだった。
南で大歓声が上がった後、ゴルダス軍の兵士たちが乱れ始めた。
「今が好機だ! 一気呵成に敵を蹴散らすぞ!」
サディスはこの機を逃すまいと号令を出す。
それを受けた兵士たちは天に届くほどの咆哮をあげ、ゴルダス軍に突撃した。
ネストが一騎打ちで敵将を討ち取ったことで、形成が一気に傾いた。
特にゴルダス軍の南側は総崩れとなり、兵士たちが相次いで逃走している。
(さて、ラース殿はどう動く? 兵数有利のうちに兵をまとめるか、それとも一度退却するか……)
だが、ゴルダスの選択はそのどちらでもなかった。
彼がとった行動は、敵味方の度肝を抜く、常軌を逸した勝負手だった。
サディスが戦況を見極めていると、前方の兵士たちがにわかに騒がしくなる。
「どうした? 何かあったのか?」
「確認してきます!」
サディスの護衛を務めていた兵士の一人が確認に向かう。
だが、彼が戻ってくるよりも先に、騒ぎの元凶が現れた。
「貴様がサディス・ハークだな。その首、貰い受けるぞ」
「なっ!? ラース・ゴルダス!?」
サディスのもとに乗り込んできたのは、愛馬に跨ったラースだった。
彼は単騎でサディス隊の中央を突破し、サディスのもとにたどり着いたのだ。
サディス隊は兵の大半を前線に送ったばかりで、この場には数人の兵卒しか残っていない。
「前線の兵士どもは何をしていた!?」
「敵の領主が一騎で突っ込んできたことで、逆にパニックに陥っています!」
サディスの部下たちが騒いでいるが、二人の耳には入らない。
ラースから意識を外せばその瞬間に首と胴が両断される――サディスはそう確信していた。
「この間の火計、あれは見事だった。……じゃあな」
そう言うや否や、ラースはサディスに向かって愛馬を走らせる。
彼の持つロングソードが陽光を浴びてキラリと輝いた。




