第40話 人を疑いては使う勿れ、人を使いては疑う勿れ
「ちょっと待ったー!」
ネストが軍議の終わりを告げようとした瞬間、クラーナの声が響き渡った。
目を丸くして固まるネストとピューラを尻目に、クラーナはサディスの前に歩み寄る。
「遅くなりました。約束通り、500人の兵士を集めてきましたよ」
「ありがとう。予想より早いぐらいだよ」
ネストたちが呆然としている横で、サディスとクラーナはにこやかに笑みを交わす。
「二人だけで納得してないで、俺たちにも説明してくれよ」
「そうですよ!」
サディスはこれまでの経緯を話し始めた。
◇
それは数日前、出陣の前夜までさかのぼる。
北はハルバー、南はネストを総大将とすることが決まり、さらに動員する兵数の話し合いが終わると、家臣たちは慌ただしく動き始めた。
「サディス殿、少し時間をもらえないだろうか?」
「サウザン殿? それに、クラーナ殿まで。どうなさいましたか?」
サディスは部隊編成の準備にかかろうと腰を浮かせていたが、再び椅子に座りなおす。
「さっきクラーナに聞いたんだけど、ルーザス家の敗残兵の一部が、スモーフ家の領内に残っているらしいんだ」
「……何だって!?」
サディスの顔から血の気が引く。
サウザンの話によると、短期間に2回続けて砦攻めに失敗したことで、カムスの求心力は大きく低下したらしい。結果、多くの兵士がルーザス領に戻らず、スモーフ家の領内に留まっているようだ。
「幸い、彼らは完全にカムス様を見限っている。今回の侵攻に呼応することは無いだろう」
「そうか……。それは良かった」
「だけど、放置して良い問題でもない。手持ちの食料が尽きて賊にでもなったら最悪だ」
サディスはうなずき、続きを促す。
「だから僕とクラーナで彼らを説得して、スモーフ家の兵に組み込みたいのだけど、構わないだろうか?」
「お願いできますか?」
退室せずに3人の話を聞いていたレイナが答える。
サディスもレイナの言葉に同意した。
「ありがとうございます。クラーナの話では最低でも500人はいるとのこと。二人で協力して、三日で500人の兵を集めてきます」
「分かりました。集めた兵は二人が指揮してください。サディス、それで構いませんね?」
「はい。兵士たちが慣れるまでは二人が上司の方がやりやすいでしょう」
「レイナ様、サディス殿、感謝いたします」
サウザンとクラーナは頭を下げると、足早に会議室を後にした。
二人が去っていった方向をじっと見つめるレイナを見て、サディスに悪戯心が湧き上がる。
「良かったのですか? それを口実にして逃げ出すつもりかもしれませんよ?」
「ふふっ、心にもないことを。ですが、あの二人は大丈夫ですよ。二人の目は、沈みゆく船から逃げる者たちの目ではなく、何とか沈まないようにと足掻く忠臣の目でしたから」
そう言って目を細めるレイナの顔を見て、サディスの胸が大きく跳ねる。
「……変なことを言うようですみません。たまに、レイナ様の目にはオレたちと違うものが見えているんじゃないかと思うときがあります」
「見えているものも、感じていることもみなさんと同じですよ。ただ少し、得難い経験をしただけです」
「???」
今のサディスでは、レイナの言葉を理解できなかった。
◇
「というわけで、クラーナ殿が領内にいたルーザス軍の敗残兵をかき集めてくれたんだ」
「かき集めました」
クラーナが自慢気な表情を見せる。
「ここで援軍が来たのは助かるな。とはいえ、ルーザス家とゴルダス家は同盟関係だろ? やりづらくないか?」
「心配ありません。同盟といっても両家の交流は最低限でしたし、集めた兵士たちには『これからはレイナ様のために戦う』という旨の誓約書を書かせましたから」
「誓約書……」
ネストとピューラの表情が引きつる。
サディスだけは「サウザン殿らしいなぁ」と苦笑を浮かべていた。
クラーナが部隊を率いてきたため、改めて配置を考え直すことになった。
「本陣の守備はわたしたちに任せてもらえませんか?」
「良いんですか? 一番危険な場所ですよ。それに――」
「わたしの手勢だけで戦わなければならない、ですよね。それも承知の上です」
クラーナが連れてきた者たちは元ルーザス軍の兵士であり、スモーフ家の兵士と交ぜることはできない。
元々敵対していた相手なので、無用なトラブルの種になるからだ。
だが、クラーナ隊が本陣を守るメリットはいくつか存在する。
「第一に、わたしたちの忠誠を証明することができます。一番被害が大きくなるであろう場所で奮闘すれば、スモーフ家の将兵の心象も変わるでしょう」
「それは……確かに?」
「第二に、兵たちの競争を生み出し、軍全体の士気を上げることができます。スモーフ軍の兵士たちに『死地で戦う元ルーザス軍に負けるわけにはいかない』と思わせれば、自ずと兵の動きも良くなるでしょう」
「おお……」
クラーナが指を折りながらメリットを示すたび、ピューラとネストの口から感嘆の声が漏れる。
「そして最後に――」
「クラーナ殿は俺やサディスより兵の指揮に長けている……だろ?」
ネストがそう言ってニヤリと笑うと、クラーナは驚いた表情を見せる。
「ネスト殿はこういうお方ですよ。変なプライドを持たず、敵であっても優れていればきちんと認める。そういう人です」
「そうですか……。素敵な心意気ですね」
クラーナのその言葉には、これまでの苦悩が滲んでいるようだった。
結局、クラーナが本陣を守り、ネストが敵の背後である南側、サディスが東、ピューラが西から挟撃することとなった。
決行は三日後。頃合いを見て、サディスが狼煙で合図する予定だ。
夜陰に乗じてスモーフ軍の部隊が本陣から出発する。
「本陣はわたしたちにお任せください。三日と言わず、一か月でも一年でも守り抜いて見せますよ!」
「おお、すごい意気込みだ。俺たちも負けてられねえな!」
「みなさん、どうかご武運を」
「ここが正念場です。レイナ様のためにも、必ず勝利を掴み取りましょう!」
いくつか言葉を交わした後、それぞれの方向へ歩みを進める。
奇しくも三日後――奇襲の決行日――は『前の人生』でレイナが捕縛された日だった。




