第37話 危急存亡の秋
「一大事でございます! 西のルーザス家と南のゴルダス家が、当家に向けて進軍を開始しました!」
その知らせを受け、宴会はお開きとなった。
現在、城の会議室にレイナと数人の家臣たちが集まっている。
一同の表情は暗く、先ほどまで城全体を包んでいた祝賀ムードは完全に霧散していた。
「……まともに議論に参加できるのは私たちだけですね」
レイナはそう言うと、室内をぐるりと見回す。
この場にいるのは、レイナと『スモーフ四天王』の6人、そして武官の少女を加えた8人だけだ。
「長老を始めとする重臣たちは、みな深酒をしていましたからね。仕方ないかと」
「ありゃあ、明日も二日酔いだろうな」
「そ、それより、わたしまで参加しても良かったのでしょうか……」
武官の少女が小さく震えながらレイナの顔色をうかがう。
少女は身分が高くないので、この手の会議に参加するのは初めてなのだ。
「構いませんよ、ピューラ・アミティさん」
「レイナ様! わたしの名前を知ってくださっていたのですね!」
「もちろんです。あなたの働きもちゃんと覚えていますよ」
その言葉を聞き、ピューラは感極まって嗚咽を漏らす。
レイナは誰にも聞こえないように「……本当は、もっと早く取り立てたかったのですが」とつぶやいた。
レイナの脳裏に浮かぶのは『前の人生』の記憶。
城を脱出したレイナに最後まで付き従ったのが、ピューラだったのだ。
ネストを始めとする忠臣たちが次々と散っていく中、ピューラは必死にレイナを逃がそうと奮闘した。
だが、二人はルーザス家の兵士に見つかってしまう。
ピューラはレイナが隠れるための時間を稼ぐべく、自ら進んで囮となったのだった。
「ねえ、サディス。ピューラを将として取り立てたいのですが、どう思いますか?」
「オレは賛成です。ピューラ殿は兵たちから慕われていますし、ネスト殿の部下として経験を積んでいますので、戦場でも活躍してくれるでしょう。今は一人でも多くの指揮官が欲しい状況ですから、家中からも反対意見は出ないかと」
サディスがそう答えると、レイナは笑顔を見せる。
「決まりですね。ピューラ・アミティさん、将軍の任をお受けいただけますか?」
「は、はい! 謹んでお受けいたします!」
ピューラは緊張でカチコチになりながらも、何度も首を縦に振る。
「おお! 良かったな!」
「ネスト先輩! 私も将軍になれました!」
ネストがピューラのもとに駆け寄り、二人は手を取り合って喜びを爆発させる。
サディスたちは、穏やかな表情で二人を見つめていた。
ネストが席に戻ると、レイナは一同を見回した。
「サディス、ここにいるメンバーだけで迎撃部隊の編制を決めたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「状況は一刻を争いますし、やむを得ないかと」
サディスはそう言いつつネストに目を向ける。ネストもサディスの言葉に同意した。
すると、クラーナが控えめに手を挙げる。
「あの、レイナ様。五日ほど前の情報ですが、ルーザス軍の兵力や兵糧の備蓄量について、みなさんに共有しても良いでしょうか?」
「……構わないのですか?」
「お気遣いありがとうございます。わたしはサウザンに仕えていただけですので、ルーザス家には何の思い入れもありません。サウザンの居場所を守るためなら、何でもお話しします」
「ありがとう」
レイナが深々と頭を下げる。クラーナの隣では、サウザンが呆然とした表情を浮かべていた。
「レイナ様! 南のゴルダス家はうちに任せてください。新鮮な情報を仕入れていますよ」
「ミル、ユージュ家の情報はあるか?」
「サディス様はお目が高いですね! ちゃんと調べてますよっ」
クラーナとミルにより、西、南、北の3勢力の兵力や内情が伝えられる。
それによると――
西のルーザス家は前回の傷が癒えておらず、元気な兵は1,000人ほど。
南のゴルダス家は1万人を超える兵を抱えていて、4,000人前後をスモーフ家に派兵中。
北のユージュ家は4,500人の兵士を擁していて、2,000人近くを動かそうとしていた。
ちなみに、スモーフ家が動員できる兵力は2,000人と少しだ。
「……なるほど。つまり、今回の戦いでもっとも脅威となるのはゴルダス家ですね。私としては、兵の半数を南に、残りを北と西に割り振るべきかと思いますが、サディスはどう考えますか?」
レイナの問いに、サディスは少しだけ考えてから答えた。
「まず、西側は砦に籠城してルーザス軍の兵糧切れを待ちましょう。そうすれば兵を送らずともルーザス軍を防げます」
「確かにルーザス軍が砦を攻めてくれば問題なく防げるでしょう。ですが、あそこは何度も攻略に失敗した砦。敵も、別の場所を攻めるべきだと学習するのではありませんか?」
「はい。ですので、あの砦にスモーフ家に代々伝わる宝剣を送り、そのことを喧伝しましょう。プライドの高いカムスのことですから、こうすれば砦を無視できなくなるでしょう」
サディスがそう言って不敵な笑みを浮かべると、誰かが「うわぁ……」と声を漏らした。
「北のユージュ家に向けては、ハルバー殿と新兵300人を派遣しましょう」
「わ、私ですか!? 兵の指揮は初めてですし、全く自信がありませんが……」
「問題ありません。泰然と構え、こちらからは仕掛けずに陣の守備に徹してください」
「……どういうことですか?」
レイナが怪訝な顔でサディスを見る。
「ユージュ家の当主、ヒオール・ユージュは優柔不断かつ慎重すぎる男です。あえて経験の無い指揮官と新兵を当てることで、彼には思う存分迷ってもらいましょう」
「……あっ!」
レイナには思い当たることがあった。
それは『前の人生』での話。
ルーザス家とゴルダス家(と、『前の人生』では敵だったヴィクタル家)は数日違いで侵攻してきたが、ユージュ家はそれを見てもなお出兵をためらっている様子だった。
結局、ユージュ家が攻めてきたのは3勢力から半月ほど遅れた時期、戦の趨勢が決してからだった。
その頃のスモーフ家は3勢力に連戦連敗して領地の多くを奪われ、兵の大半を失っていた。なので、ユージュ家の侵攻はまさに『泣きっ面に蜂』……というより、滅亡が確定した瞬間でもあった。
家臣たちは『日和見していたヒオール・ユージュさえも攻めてきてしまった……』と嘆き、スモーフ家の終わりを悟って涙したという。
「ですが、今の私には頼りになる仲間たちがいます」
レイナは人知れずつぶやくと、隣から順に見回していく。
『前の人生』でもレイナに命を捧げた、ネストとピューラ、ハルバー。
『この人生』ではともに戦うと誓ってくれた、サウザンとクラーナ。
素性こそ謎に包まれているが、対人交渉や情報収集で抜群の働きを見せるミル。
そして――レイナの最初の家臣にして、最高のパートナーであるサディス。
「不思議と負ける気がしませんね」
レイナは心が温かくなるのを感じた。




