第36話 忠義の士
翌朝。
サディスとクラーナは、連れ立って城に向かっていた。
「昨夜は泊めていただき、ありがとうございました」
「困ったときはお互い様ですよ。他に行く当ても無いでしょうからね」
クラーナはミルとも面識があるのだが、すっかり失念しているサディスだった。
なお、近い将来クラーナがサディスの家に泊まったことを知ったレイナが激怒するのだが、それはまた別の話。
レイナを訪ねた二人は、そのまま応接室に通される。
しばらくすると、レイナが部屋に入ってきた。
彼女はクラーナに警戒のまなざしを向ける。
サディスはそれに気づくこともなく、レイナにクラーナを紹介した。
「レイナ様、彼女はサウザン殿の客将であるクラーナ殿です。兵の統率に長けていて、正直、オレも彼女には敵いません」
「そうですか」
レイナは二人に聞こえないように「また綺麗な女性を連れてきたんですね……」とつぶやいた。
「それで、サウザンはどちらに……?」
クラーナがソワソワしながら尋ねると、レイナは従者を呼んで命令を出す。
しばらくすると、衛兵たちとともにサウザンが姿を現した。
「サウザン!」
「クラーナ!? どうしてここに……?」
いつの間にか、クラーナは仮面を被りなおしている。
「サウザンが捕らえられたと聞き、いてもたってもいられず……。無事で良かった……」
「心配をかけたね。スモーフ家の方々が良くしてくれるから、快適に過ごせているよ」
「顔色も良さそうで安心しました。しばらくこちらで逗留してください」
「いやいや、湯治場じゃないんだから。一日でも早くカムス様のところに帰らないと」
「その件なのですが……」
仮面の下が曇る。
「カムス・ルーザスはサウザンのことを見捨てました。家臣たちが返還の使者を送るように説得しましたが、ダメでした……」
「そうか」
その声には温度が無く、サウザンが何を感じているのかは分からない。
「ねえ、サウザン。こんな仕打ちをされてまで義理を通す必要は無いと思います。二人でスモーフ家に帰順しませんか?」
サディスたちが説得した時と違い、サウザンは即答しない。
彼の顔は、悔しそうに歪んでいた。
「サウザン殿、あなたの志はここで挫けるものではないはずです。あなたは天下万民のために心を砕いてこられました。たとえ仕える主君が変わろうとも、民を第一に考える志が変わらなければ、人々はサウザン殿のことを不忠者と笑いませんよ」
「私も、カムス殿の仕打ちはあまりに理不尽だと思います。最大限の礼をもって迎えることをお約束しますので、どうか、私に力を貸していただけないでしょうか?」
「レイナ様……サディス殿……」
サウザンはそうつぶやいてから目を閉じる。
彼が次に目を開けたとき、そこには確かな覚悟が宿っていた。
「僕、サウザン・ドゥーイは全身全霊をもってレイナ様にお仕えいたします」
サウザンは片膝をつき、臣下の礼をとる。
少し遅れて、クラーナも同じ姿勢をとった。
数日後、城内の大広間にて。
ルーザス家に対する祝勝会と、サウザンたちの歓迎会、さらにはレイナの初陣を祝う会を兼ねた宴会が行われていた。
スモーフ家の家臣たちは赤ら顔で笑い合う。
「いやー、めでたいことが重なりましたね」
「これでしばらく平穏な時間が続きそうですなぁ」
「ルーザス家には大打撃を与えましたし、他の国もおいそれと攻め込んで来られないでしょう。これで、スモーフ家は安泰ですな」
普段は難しい顔をしている長老たちも、今日は上機嫌に笑っている。
サディスやレイナのもとにも、祝いの言葉を持参した家臣たちが途切れることなくやってきた。
「レイナ様、サディス殿、この度は見事な采配でございました。お二人の雄姿を間近で見られなかったことが、残念で仕方ありません」
「ハルバーたちが留守を預かってくれたおかげで、私たちは戦に専念できたのですよ。つまり、家中一同で掴み取った勝利です」
「レイナ様……!」
ハルバーが頬を染めて目を潤ませる。
二人の会話を隣で聞いていたサディスの胸がチクリと痛む。
だが、彼は密かに首を振ると、何事も無かったかのように振る舞うのだった。
その後、ハルバーと入れ替わりでやってきたのは、ミルと4人の女性たちだ。
サディスは急に肩身が狭くなるのを感じる。
(ミルもすっかり馴染んだな)
彼は積極的に会話に参加せず、そんなことを考えていた。
すると、徐々に雲行きが怪しくなり始める。
「レイナ様、ミルちゃんの占いはよく当たると評判なんです」
「そうなのですか? ミルは本当に多芸ですね……」
「あの! ネスト先ぱ……殿はどのような女性が好みかを占ってください!」
武官の少女が、顔を真っ赤にしてミルに頼み込む。
それを聞いたミルは『良いことを思いついた』というように手を叩く。
「良い機会ですし、ネスト様だけでなく、サディス様にハルバー様、後はサウザン様の好みも占ってみましょうか」
彼女がそう言った途端、女性陣の目つきが変わる。
いつの間にか、クラーナも会話に参加していた。
ただ一人、既婚者の女性だけが「あらあら」と笑う。
サディスは存在感を消し、その場を後にした。
彼が向かったのは、もう一人の主役であるサウザンのところだった。
今はハルバーと談笑している。二人とも内政を得意としていることもあり、通じるところがあるのだろう。
「やあ、サディス殿。レイナ様と一緒じゃなくて良かったのかい?」
サウザンはそう言ってレイナの方を見る。そして状況を理解したのか、「ああ……」と漏らした。
「というか、クラーナはよくあそこに入っていけるなぁ……」
本当のことを明かすわけにもいかず、サディスはただ愛想笑いを浮かべた。
「スモーフ家の3賢人が集まって、いったい何の話をしてるんだ?」
「何ですか? その呼び名は」
「今、俺が考えた」
「それを言うなら、君たち3人にミル殿を合わせて『スモーフ四天王』と呼ばれているらしいよ」
サウザン以外の3人の顔が赤く色づく。
「誰ですか? そんなことを言っているのは」
「さあ? ルーザス家の領地でもスモーフ四天王は有名だったから、結構広まっているんじゃない?」
「うわぁ……」
サディスたちは諦めたような表情を浮かべた。
余談だが、数百年後の世界では歴史学者たちが『スモーフ四天王』の顔ぶれについて激論を繰り広げることになる。結局、サウザンとクラーナまでもが四天王入りし、『六人いる四天王』として民に親しまれているようだ。
宴会の開始から2時間ほどが過ぎ、盛り上がりは最高潮に達している。
そんなとき、冷や水を浴びせるかのような急報が飛び込んできた。
「一大事でございます! 西のルーザス家と南のゴルダス家が、当家に向けて進軍を開始しました!」
――『前の人生』でレイナが捕縛された日まで、あと七日。




