第34話 砦防衛戦 3日目 その3
「おお! 二人とも無事で良かったぜ!」
「ネスト殿!」
スモーフ家の騎兵隊と援軍部隊が合流を果たす。
彼らは一瞬安堵の表情を浮かべるが、すぐに鋭い顔つきに戻った。
「戦況はどうなっていますか?」
「レイナ様たちがかき乱してくれたおかげで、戦況はこちら有利に変わりました。敵兵は、逃げ惑うカムス・ルーザスを見て負けたと勘違いしたのか、武器を捨てて逃げる者が続出しています」
「本当ですか! ……いえ、油断すると足をすくわれるかもしれませんね。凱歌をあげるその瞬間まで、決して気を緩めないように」
レイナは一瞬笑みをこぼしたが、すぐに表情を引き締める。
少しの油断が命取りになるということを、彼女は嫌というほど知っていた。
「承知いたしました。ここからは我々の時間ですので、レイナ様はゆっくりとお茶でも飲みながら、戦いの行方を見守っていてください」
「……分かりました。二人とも、どうかお気をつけて」
ネストの言葉を聞いたレイナは、落ち込んだ表情を見せた後、馬を降りる。
そして愛おしげな顔で馬の頭を撫でると、とぼとぼとネスト隊の中心へ歩いていった。
「……なんか悪いことをした気分だ」
「仕方ないかと。レイナ様に万一のことがあれば、それこそ取り返しがつきません。不利な局面ならともかく、有利な状況で冒険する必要はありません」
サディスは、レイナにはできるだけ安全な場所にいてもらいたいと思っている。
今回のようにレイナの力を借りないと勝てない状況でもない限り、居城で吉報を待っていてほしい。というのがサディスの考えだ。
(レイナ様が戦場に出なくて済むように、オレが頑張らないと!)
◇
一方そのころ。
カムスは少数の兵士たちとともに、スモーフ家の軍勢に包囲されていた。
パニックに陥って逃げ回るカムスが行き着いた先は、あろうことかネスト隊の目の前だったのだ。彼らは瞬く間に包囲され、カムスを守る兵も次々と討たれていった。
「もはやこれまでか……」
カムスが覚悟を決めたその時、包囲の一部が崩れ、一人の老将と兵士たちが駆け込んできた。
「カムス様! マキュラーが参りましたぞ!」
「おお、マキュラー! よくぞ来てくれた!」
カムスは目に見えてほっとした表情を浮かべる。
「ここは危険です。すぐに包囲を抜けてサウザン殿と合流し、安全な場所まで引き揚げましょう」
「う、うむ!」
カムスはマキュラーに先導され、包囲を抜けて西へ向かった。
その後、カムスは何とかサウザン隊のもとへたどり着いた。
何度か転んだせいで、カムスの顔は泥にまみれている。
「カムス様! よくぞご無事で……」
「残った兵はこれだけか」
マキュラーが険しい表情で周囲を見回す。
そこには朝の10分の1ほどの兵しか残っていなかった。ネストの部隊と比較しても、ずいぶん少ない。
「力が及ばず申し訳ございません。兵の多くは武器を捨てて逃げるか、スモーフ家に投降してしまいました」
「そうか……。カムス様、儂が退路を切り開きます。何としても領地に戻りましょう」
「こうなった以上、やむを得んな。サウザン! 殿は任せたぞ」
「はっ! カムス様、マキュラー将軍、どうかご無事で……!」
マキュラーはサウザンと視線を交わした後、手勢を率いて駆け出して行った。
少し遅れて、カムスは兵士たちに守られながらマキュラーを追う。
「サウザン様……」
兵の一人が気遣わしげに声をかける。
サウザンがそちらを見ると、殿として残った兵士たちがみな同じように彼のことを見つめていた。
「こんな役回りをさせて本当にすまない。最期まで僕についてきてくれるだろうか?」
「もちろんです! 我々はサウザン様のために、最後の一兵まで戦います!」
「ありがとう」
サウザンが目頭を押さえる。兵士たちの目も潤んでいた。
◇
ところ変わって、ここはネスト隊の本陣。
一人の兵士が戦況の変化を伝えるべく、サディスたちの元に駆け込んだ。
「報告いたします! 敵の総大将、カムス・ルーザスが退却を開始! なお、兵の一部が殿として戦場に残っています」
伝令の報告を聞いたサディスとネストは、顔を見合わせてからうなずいた。
「サディス隊は殿を叩く! 行くぞ!」
「ネスト隊は殿の部隊を迂回し、カムスに追撃をかけるぞ! 俺に続け!」
二人はそれぞれ手勢を率いてルーザス軍への追撃を開始した。
サディスが戦線に戻ると、サウザン隊の兵士たちが整然と待ち構えていた。
兵士たちの少し前には、一人の青年が悠然と佇んでいる。
サディスは味方の兵士たちを制止すると、単騎で前に進み出た。二人は十歩ほどの距離をあけて向かい合う。
「……サウザン殿と戦場のど真ん中で対峙することになるとは思いませんでした」
「サディス殿は指揮官、僕は後方支援タイプなのにね。一騎打ちでもするかい? 意外と良い勝負になるかもしれないよ」
そう言うと、サウザンは場違いなほど柔和な笑みを浮かべる。
その表情を見たサディスの心がチクリと痛んだ。
「あなたは十分過ぎるほどカムス殿に尽くしてきました。それに対するカムス殿の仕打ちを考えると、あなたが見限ったとしても万民は納得するでしょう。どうか、オレと一緒にレイナ様にお仕えしてくれませんか? 天下万民のため、あなたの力を貸してください」
まるで一世一代の告白であるかのように左膝をつき、右手を前に差し出す。
それを見たサウザンは、困り顔で笑う。
「ありがとう。他ならぬ君に、こんなに熱烈な言葉をかけてもらえて嬉しいよ。だけど、その誘いには乗れない。一度仕えた以上、最後まで主君に尽くすのが忠臣というものだろう?」
サディスもレイナに忠義を誓う身なので、その言葉に深く共感を覚えた。
それだけに、サウザンが簡単に翻意しないことを悟る。
(ああ、本当に惜しい。どうすればサウザン殿を味方に迎え入れられるだろうか)
サディスは部隊に戻る最中、ずっとそのことを考えていた。
降伏勧告が失敗に終わると、両軍の戦いが再開された。
サウザン隊は奮戦したが、数に勝るサディス隊が優位に進めていく。
そんな中、サディスの元に一報がもたらされた。
「サディス様、カムス・ルーザスが戦場を離脱したようです。ネスト隊は追撃を中止し、引き返すとのこと」
「ありがとう。……これ以上はお互いのためにならないな」
サディスはそうつぶやくと、再び前に出た。
「サウザン殿! あなた方の主君であるカムス殿は戦場を離脱されました。悪いようにはしませんので、どうか武器を捨てて投降してください!」
サディスがそう叫ぶと互いの攻撃が止み、奥からサウザンが進み出る。
「条件がある。投降するのは僕だけだ。配下の兵士たちは帰してあげて欲しい」
「分かりました。その条件で構いません」
サウザンは満足げな表情を見せると、武器を捨ててその場に座り込んだ。
スモーフ家の兵士が歩み寄り、彼の身体に縄を打つ。
サウザン隊の兵士たちは、唇を噛み締めてその光景をじっと目に焼き付けていた。
「最後の命令だ! 早くカムス様のところへ行け! サディス殿の気が変わらないうちに!」
サウザンがそう叫ぶと、兵士たちはトボトボと西に向かって歩き始める。
配下の兵士がサディスに向かって目配せするが、彼はゆっくりと首を横に振った。
(ここで約束を違えたら、サウザン殿とクラーナ殿は復讐の鬼と化すだろう。そして何より、レイナ様の評判が地に落ちる)
サディスはまだ、サウザンのことを諦めきれなかった。




