第32話 砦防衛戦 3日目 その1
翌朝。
サディスは日の出とともに東門の櫓に登り、砦の外の様子を見ていた。
砦の東側、サウザンの陣からは炊事の煙が立ち上っている。
(昨日はこの時間に攻めてきたが、今日はまだ食事中といったところか)
サディスは「ふうっ」と一息つくと、他の方向に目を向ける。
(あれ? 南側は既に動き始めているぞ)
砦の南では、マキュラー・ミノーワの率いる部隊が陣の前に整列していた。
マキュラーが号令をかけると、兵士たちは東に向かって移動を始める。
彼らの一糸乱れぬ動きに、サディスは思わず見入ってしまう。
(やはりマキュラー殿は凄い。一度お会いして、兵の指揮について語り合いたいものだ)
続けて、サディスは西に目をやる。
そちらでは、カムス・ルーザスの指揮に従って兵士たちが行軍していた。マキュラー隊とは違い、その隊列は少しだけ乱れている。
だが、カムスがそれを気にする様子は無い。彼は配下の将と会話していて、時折高笑いしている。
どこへ行くのかと様子を見ていると、彼らは砦の南側を通過してそのまま東に向かった。
(ルーザス軍が東に兵を集めている。先に援軍を撃破することにしたのか)
サディスの心に、焦りの感情が浮かんでくる。ネストが率いる援軍が敗走するようなことがあれば、砦を守り切れないからだ。
そればかりか、被害の大きさ次第では周辺国の侵攻を招くかもしれない。
「被害を押さえてルーザス軍に勝たないと。だが、この状況でどうすれば……」
サディスは頭を悩ませるのだった。
昼前になった。
東門には朝からルーザス軍が攻め寄せてきていて、サディスはその対応に追われている。
(サウザン隊は今日も東門を攻撃して来るんだな)
門に押し寄せる敵の強さや兵数は昨日までとほぼ同じだ。
午前中に入ってきた報告によると、西門と南門は攻撃の勢いが明らかに弱まっているそうだ。どちらも部隊を東に移動させているので、当然だろう。
「サディス様! あれを!」
「ん? ……味方の援軍か!」
近くの兵士が指差した先に、ルーザス軍と対峙する兵団の姿があった。その数は1,500人ほど。
旗の色や軍装からして、スモーフ家の部隊であることに間違いない。
対して、ルーザス軍は2,500人程度の兵を配置して迎え撃とうとしている。
まだ戦端は開かれていないが、時間の問題だろう。
(兵の数はルーザス軍の方が多い。真っ向から戦えば、味方は大きな被害を受けそうだ)
サディスの眉間にしわが寄ると同時に、北門の方から「ワアッ!」と歓声が上がった。
見ると、砦の門が大きく開け放たれていて、守備兵の一部が砦の外に打って出ている。
「何事だ!」
「確認してまいります!」
すぐさま兵の一人が北門に走る。
しばらくして、戻ってきた兵士が「援軍です! 騎兵隊が援軍に来ました!」と叫んだ。
北門から入ってきた騎兵隊に、サディスを始めとする砦の将兵は度肝を抜かれた。
騎兵隊を指揮していたのが、主君であるレイナ・スモーフだったからだ。
土埃にまみれた彼女は、誰もが目を奪われるほどの圧倒的な輝きを放っていた。
「レ、レイナ様!? どうしてこちらに!?」
「あなたたちが頑張って戦ってくれているのに、一人だけ安全な場所にいることはできません」
「レイナ様……」
砦の将兵たちが感激に肩を震わせる。中には涙を流す兵士もいた。
「……『前回』はあなたたちを無益に死なせてしまいましたが、今回は私が守ってみせます。配下に守ってもらうばかりでは、生き延びることはできませんから」
彼女がつぶやいた言葉を正しく理解できた者はいなかった。
小休止の後、騎兵隊が東門のすぐ内側に整列した。
サディスは騎兵隊の補佐に回り、東門の守備はオーズが指揮することになっている。
オーズがサディスのもとに歩み寄り、声をかけた。
「サディス殿、砦の守備はお任せあれ。後ろを気にせず、思う存分暴れてきてください」
「感謝いたします。オーズ殿になら安心して留守を任せられます」
二人はがっちりと握手を交わす。
その後、サディスはレイナに向き直った。
「……レイナ様、やはり砦の外に出るのは危険すぎます。どうかオーズ殿と砦に残り、戦況を見守っていてください」
サディスが眉尻を下げて懇願するが、レイナは決して首を縦に振らない。
「嫌です。サディスの隣で采配を振るうために勉強してきたのですから、決して足手まといにはなりません!」
「そういう話ではなく……。レイナ様の身に何かあったらどうするのですか!」
「大丈夫です。私はここで死ぬ運命ではありません」
レイナは自分の命日を知っている。
もちろん、『前の人生』と違う行動を取れば未来は変わるはずだ。今は彼女の知っている人生とは大きくかけ離れているので、その知識は参考にすらならない。
だが、レイナはそれを些細な事だと思っていた。
「……それに、もしここで命を落としたとしても、あなたの隣で死ねるのならば本望というものです」
彼女が誰にも聞こえないように漏らした言葉、これこそがレイナの本心だった。
レイナの真剣な表情を見たサディスは、これ以上言葉を尽くしても彼女の意志が変わらないことを悟った。
「……分かりました。レイナ様はオレがお守りいたします。どうか、オレの隣から離れないでください」
「――っ! はい!」
殺気立った戦場に、大輪の花が咲いた。




