第29話 寝返り工作
翌朝。
サディスは砦の櫓に立ち、ルーザス軍の陣を眺めていた。
(今回は前以上の数を揃えてきたな。ざっと4,000人ほどか?)
前の戦いでは兵糧切れにより撤退したルーザス軍だが、まだ余力が残っていたようだ。
対する砦の守備兵は200人ほど。それでも攻城兵器さえ無ければ、援軍が来るまで持ちこたえられる自信があった。
「おはようございます。早いですね……」
ミルが目を擦りながら櫓にのぼってきた。
だが、砦の西側に布陣したルーザス軍を見て目がぱっちりと開く。
「うわぁ……。大軍ですね」
「ざっと4,000ぐらいだな」
「そうなんですか!? ルーザス軍のほぼ全兵力じゃないですか!」
それを聞いて、サディスは口角を上げる。
「へぇ……。これを全滅させれば、長期休暇が取れそうだな」
「あははっ。軍人のネスト様ならともかく、サディス様は軍師なので無理ですよ。まあ、レイナ様から『ご褒美』をもらえるかもしれませんが」
「下手な休暇をもらうより、それが一番嬉しいな」
二人は櫓から降り、砦の中心にある建物に向かう。
そこにはオーズと彼の部下たちが集まっていた。
「おお、サディス殿。敵の様子はどうでしたか?」
「前回より兵が多いですね。ですが、この砦はクシュー様が築いたというだけあって堅牢です。過度に恐れる必要はありません」
そこで、オーズの部下の一人が手を挙げた。
「サディス殿、敵は移動で疲れているでしょうから、今夜にでも夜襲を仕掛けてはいかがでしょうか?」
サディスは少し考えてから答える。
「良い案だと思います。今日の戦闘次第になりますが、将兵に余裕がありそうならば仕掛けてみましょうか」
「だが、まずは砦の守備が先だな。昼間に落とされたら夜襲も何もないからな」
「オーズ殿の言うとおりです。全員で力を合わせ、砦を守りましょう!」
この場にいる全員の「おーっ!」という掛け声がそろった。
時刻は昼を過ぎたあたり。
砦の将兵は朝から防衛の準備を整えて待ち構えていたが、ルーザス軍が動く様子はない。
「……攻めてきませんね」
「だな。今日は兵士たちに休養を与えているのかもしれないな」
敵の兵が熟睡しているほど、夜襲の効果や成功率は上がる。
ここで体力を回復されるのは、成果が落ちるだけでなく反撃を受ける確率も上がるということだ。
(こうなると、夜襲も考え直さないとな)
サディスがそんなことを考えていると、見張りの兵士が駆け込んできた。
「オーズ様! ルーザス軍の使者が面会を求めています!」
オーズとサディスは顔を見合わせた。
「お初にお目にかかります。サウザン・ドゥーイと申します。こちらは客将のクラーナ・ホーリーです。以後、お見知りおきを」
サウザンとクラーナが頭を下げる。クラーナは今日も仮面を着けていた。
「これは、どうもご丁寧に。オーズ・マギスと申します。『ルーザス家の全て』と名高いサウザン殿にお会いできて光栄でございます。……それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」
オーズがそう尋ねると、サウザンはサディスを一瞥する。
「なんと申せば良いか。ここに来た時点で要件が無くなったと言いますか、こちらの見込み違いだったというか」
(なるほど。オーズ殿と砦の寝返りを狙っていたんだな)
サウザンの歯切れの悪い答えを聞いて、サディスは彼が来た理由を悟る。
ここまで来て挨拶だけで帰るのはマズいと思ったのか、サウザンはサディスに笑いかけた。
「それはそれとして、まさかサディス殿にお会いできるとは思っていませんでした」
「こちらこそ、こんな場所でサウザン殿とクラーナ殿に再会するとは思いませんでしたよ」
サウザンは困り顔で「ハハハ」と笑いながら頭をかく。
「そういえば、そちらの綺麗なお嬢さんは? ――っ!」
サウザンが小さくうめき、小さく「何で……?」と漏らす。よく見ると、彼の顔には脂汗が浮かんでいた。
(何だ? 誰かに足でも踏まれたのか?)
サウザンの足元は机に隠れているので、サディスの位置からは見えない。
「え、うちですか? 初めまして、ミル・ディーパと申します。サディス様に誠心誠意お仕えしております」
(嘘を吐くな! 嘘を!)
サディスは、ミルはレイナの家臣だと思っている。なので即座に否定したかったが、客人の手前、押し黙るしかなかった。
「これはこれは。サディス殿も隅に置けませんな」
サウザンがニヤリと笑い、サディスは顔をしかめる。
そんなサディスの隣に座るミルが、目を輝かせてサウザンたちに問いかけた。
「お二人はどういったご関係なんですか? もしかして、好い仲だったりしますか!?」
「い、いや、わたしたちはまだ――」
「ハハハ。残念ながら、僕とクラーナはそんな間柄じゃないよ。彼は魅力的だと思うけれど、もっとふさわしい相手がいるはずだからね」
サウザンはそう言ってふにゃりと笑う。その隣ではクラーナが「むぅ」と密かに声を漏らした。
「え? あれ?」
ミルは戸惑った様子でサウザンとクラーナを交互に見てから首をひねる。
サウザンの説明を聞いても、どこか納得いっていない様子だ。
「そういえば、前回の戦いでこの砦を守っていた将軍はいないのかい? 彼にも挨拶したいと思ったんだけど……」
「一日来るのが早かったですね。もし良ければ泊まって行かれますか?」
嘘である。実際にネストが到着するまで4、5日はかかるだろう。
「残念だけど、遠慮しておくよ。サディス殿と一つ屋根の下で過ごすなんて、レイナ殿に申し訳が立たないからね」
「そうですか……。お二人と内政や謀略、それから戦術について語り合いたいと思ったのですが」
「残念だけど、僕たちは内政畑の人間だからね。謀略と戦術はサディス殿には適わないよ」
クラーナがその言葉に同意してうなずく。
(前回の戦いで指揮を執っていたはずだが、認めてくれないか……)
サディスの脳裏に、輸送隊を撃破した後に現れた部隊、サウザン隊との戦闘がよみがえる。
彼の体感では、サウザン隊はルーザス軍における最強の部隊だった。
サウザンが部隊の指揮官だと考えるのが普通だが、サディスはクラーナが指揮を執っていた可能性を捨てていない。
あのとき指揮を執っていた将と真正面からぶつかっても勝てないことを理解しているので、その人物をルーザス軍から排除しようとしていた。
(特定できなさそうなら、計略を用いてカムスが二人から兵権を剥奪するように仕向けるか……?)
サディスは内心で策を練りつつ、表面上は和やかに会話を続けた。
夕方になり、サウザンとクラーナが砦をあとにする。
「今日はありがとうございました。みなさんのおかげで有意義な時間を過ごせました」
「こちらこそ、ありがとうございました」
互いに会釈を交わすと、サウザンたちは陣地に戻っていく。
(ふう、何とか砦の寝返りは防げたかな。だが、あまり有益な情報を得られなかったな……)
サディスとサウザンは互いに腹を探りあったが、今回も引き分けに終わった。
特に、サディスが一番知りたい情報である、二人のどちらが兵の指揮に長けているかについては、何の手掛かりも得られなかった。
「サディス殿、夜襲についてはどうなさいますか?」
今日はルーザス軍が攻めてこなかったので、砦の将兵はまだ元気そうだ。
だが、サディスは首を横に振った。
「夜襲は中止しましょう。オレが砦にいることをサウザン殿が知った以上、夜襲も警戒されているはずですから」
「分かりました。では、将兵には良い夢を見るようにと伝えておきましょう」
そう言うと、オーズは先に砦の中へ戻っていく。
(さあ、援軍が来るまでが勝負だな)
サディスは自身の両頬を軽く叩いた。




