第27話 二虎競食
この日、レイナはいつものように政務を行っていた。
キリの良いところまで仕事を進めると、「ふう……」と息をつく。
彼女はそのまま目を閉じていたが、しばらくすると次の書類に目を落とす。それは、領内における真偽不明の噂に関する報告書だった。
「……サディスたちが砦の守備に出た時期から、変な噂が増えましたね」
内容としては『レイナが家臣Aのことを嫌っている』『家臣Bはレイナがサディスを重用することに不満を抱いている』『家臣Cと家臣Dが共謀して謀反を企てている』など。
「彼らは『前の人生』でも最期まで付き従ってくれた忠臣なので、疑う余地はありません」
レイナは『前の人生』の知識も活用して真偽を判断し、偽情報は基本的に聞き流している。
だが、10日ほど前に『サディスがルーザス家に寝返ろうとしている』という噂が流れ、それを聞いた彼女は、家臣たちが震えあがるほど激怒した。
「仕方ないではありませんか。サディスが私を裏切るはずが無いのに、そんなくだらない噂を信じる者がいたのですから……」
そのことを思い出し、彼女は誰かに言い訳するようにつぶやく。
レイナは、この手の噂は敵の謀略だと思うようにしている。
しかし、万が一本当の情報が紛れていたらという思考が、彼女の精神を少しずつ蝕んでいた。
その後も政務を続けるレイナ。そんな彼女のもとに、一人の家臣が飛び込んできた。
「一大事でございます! 西の砦がルーザス家に寝返りました!」
「ええっ!?」
今回は緊急性の高い報告だ。なおかつ、誤報という確信も持てない。
砦の守将であるオーズ・マギスは『前の人生』では緒戦で戦死したため、レイナは彼の人となりを知らない。『前の人生』の記憶を総動員しても、オーズが裏切る可能性を排除できないのだ。
レイナの顔が絶望に染まり、目尻には涙が滲んでいく。
だが、彼女はすぐに首を振って表情を引き締めると、家臣に指示を出す。
「すぐにみなさんを集めてください!」
「かしこまりました!」
家臣は慌てて部屋を飛び出していった。
レイナの召集により、家臣たちが会議室に集まる。
いきなり呼び出されたとあって、家臣たちは緊急事態だと察しているようだ。みな表情が硬い。
「先ほど、ルーザス家との国境にある砦が寝返ったとの報告がありました。まだ真偽は確認できていませんが、みなさんの考えを聞かせてください」
「レイナ様、真偽不明というのはどういうことですか?」
謀略の類に疎いネストが尋ねる。
ネストは、他国が謀略を仕掛けてきていることを知らない。なので、寝返りの報告は事実だと思っているようだ。
「ネストとサディスにはまだ伝えていませんでしたが、二人が出陣している間に多数の偽情報が流れていたんです。そのときは、二人がルーザス家と内通している、などの明らかな嘘だったので、簡単に看破できましたが……」
「そんな噂が!?」
ネストが目を見開く。まさか自分が謀略の対象にされるとは思わなかったようだ。
一方、サディスは顔色一つ変えず冷静に思考を巡らせる。
(砦の寝返りについては、偽情報であるという確信を持てないんだな……)
彼は、レイナの様子からそう推測した。
「念のため、部隊を派遣してはいかがですか?」
「サディスはどう思いますか?」
家臣の一人が砦への派兵を提案すると、レイナはサディスに意見を求めた。
「部隊を送る案には賛成です。ですがその前に、オレに砦内部の様子を見に行かせてください」
「そんな! もしも本当に寝返っていたらどうするんですか!?」
レイナが止めようとすると、サディスは優しく微笑んだ。
「まだ寝返ったとは限りませんよ。万一寝返りが偽報だった場合、部隊を派遣することで禍根を残す恐れがあります。また、討伐されると勘違いしたオーズ殿が、本当に寝返ってしまうかもしれません」
「そ、それは困ります!」
その未来を想像したのか、レイナの顔が青ざめていく。
冤罪で重要拠点を任せられる将と前線の砦を失うなど、あってはならないことだ。
「ですので、この噂が真実かどうか、オレが確かめてまいります。噂が本当でしたら派遣した部隊にそのまま砦を攻撃させ、偽情報でしたら兵を引き揚げれば良いかと」
「……分かりました。サディス、よろしくお願いします。部隊はネストが率いてください。砦を刺激しない、でもサディスをすぐに助けに行ける位置に布陣するように」
「承知しました。サディスは絶対に守るから、大船に乗ったつもりでいてください」
ネストはそう言って、自身の胸を叩いた。
◇
ここはカムス・ルーザスの居城。この日、カムスのもとにも急報が入っていた。
「カムス様、一大事でございます! スモーフ家との国境にある砦の守将が、我が軍に寝返りたいと申しているそうです!」
その報を受け、カムスの表情がぱああっと輝く。
「それは誠か! スモーフ家の人間にも、先見の明に優れた者がおるのだな」
彼はそう言って大いに喜ぶ。
先日の戦いでは、大きな被害を出したにもかかわらず砦の攻略に失敗した。
その砦が戦わずに手に入るとあって、カムスは頬を紅潮させて小躍りする。
だが、その話を聞いたサウザンは渋面を浮かべた。
「どなたか、砦の守将に内通の使者を送った者はいますか? レイナ・スモーフとの仲を裂くための計略を仕掛けた者は?」
家臣たちは互いに顔を見合わせるだけで、誰も心当たりがないようだ。
その反応を見て、サウザンはさらに険しい表情になった。
「カムス様、この件は慎重に動くべきだと思います。誰も寝返り工作をしていないのに国境の守将が勝手に寝返ってくるなど、あまりに不自然です」
「そんな消極的なことを言っていると、せっかくの好機がフイになってしまうわ! みなの者、出陣の用意をせよ! この機を活かしてスモーフ家から領地を取り返すのだ!」
カムスが手を叩いて促すと、家臣たちが慌ただしく動き始める。
もはや出陣を止められる状況ではなかった。
「……こうなったら仕方ない。例えスモーフ家の罠があったとしても、僕が看破してみせる」
サウザンは静かに決意を固めた。




