第26話 つかの間の平穏と謀略の足音
翌日。サディスはミルとともに兵糧の在庫を確認していた。
「戦闘が思いのほか短期間で決着しましたし、サディス様が敵から兵糧を奪ってくださいましたので、備蓄は十分にありますね」
「もともと、ミルが大量に買い込んでくれていたからな。支給された金額であれだけの兵糧を買い込めるのはミルだけだと思うぞ」
「サディス様から素直に褒められると照れますね……。ここだけの話ですが、あれは支給されたお金をそのまま兵糧購入に充てたわけではないのです」
「……どういうことだ?」
「同盟が成立してからというもの、スモーフ家の領内で作られている特産品がヴィクタル家の領内で大人気なんです。なので、支給されたお金でその特産品を買い込み、ヴィクタル領で売ってお金を増やしてから兵糧を買いました」
「……すごいな。オレには真似できそうにない」
サディスは驚嘆の声を漏らす。
彼には、支給されたお金を交易で増やしてから兵糧を購入するという発想が無かった。
何より、交易によって儲かるとは限らないのだ。交易品の相場次第では赤字になる可能性すらある。
これは他国の市中に人脈があり、常に最新の相場を知ることができるミルだからこその手段だった。
「あなたとレイナ様のお役に立つために磨いた能力ですから、当然です」
そう言ってミルは胸を張る。その表情からは、彼女の自信と誇りがうかがえた。
その後、二人は訓練場にやってきた。
今日も、ネストが新兵たちを厳しく鍛えているようだ。
「やってるなぁ……。彼らはオレたちが戦っている間に募集した兵士だっけ?」
「はい。今回はいつもに増して志願者が多かったんですよ!」
(国難を感じ取った者たちが志願してくれたんだろう。これもレイナ様の人徳の賜物だな)
「あっ! あそこを見てください! レイナ様がいますよ!」
ミルの視線の先には、武官から説明を受けながら兵たちの訓練を視察するレイナの姿があった。
彼女は真剣に訓練を見つめていて、サディスたちの存在には気づいていない。
その時、レイナの隣にいる武官とサディスの目が合った。
「あの目は、こっちに来てくださいって言ってますね」
「時間もあることだし、行ってみるか」
二人はレイナたちのもとに向かった。
「え? あれ? サディス?」
二人に気づいたレイナが目を丸くする。彼女の隣にいた武官が深々と頭を下げた。
「サディス殿、ミル殿、お疲れ様でございます! ただいま、ネスト先ぱ……コホン、ネスト殿による新兵の訓練を、レイナ様にご覧いただいていました」
「ありがとうございます。兵士たちの練度はどうですか?」
「元々モチベーションが高く、訓練を順調に消化できていました。ネスト殿が戻られてからは一気に練度が引き上げられたと感じています」
「さすがはネスト殿ですね」
サディスがそう言うと、他の3人がしみじみとうなずく。
そのとき、指導中のネストが4人に気づいた。
「噂をすれば、ネスト殿がこちらを見ていますね」
「……あの顔、何か企んでいませんか?」
レイナがそう言うのと同時に、ネストが兵士たちを集める。
「お前たーち、集合だ!」
兵士たちはネストの号令に素早く応じる。
(動きは悪くない。入隊して日が浅いはずだが、よく鍛えられている)
ネストは兵士たちを見回すと、彼らを鼓舞し始めた。
「お前たち、右を見てみろ! 今日は特別ゲストが来てくださっているぞ! お前たちが敬愛するレイナ様、そして謎多き美女のミル殿、ついでに軍師のサディス殿だ!」
「サディスがついでとは何ですか……」
自分の代わりに口を尖らせるレイナを見て、サディスは苦笑する。
「せっかくスモーフ家が誇る美少女3人が一堂に会しているんだ! ここで良いところをみせるのが男ってもんだろ!」
兵士たちが「うおおおお!」と野太い声を上げる。
ちなみに、美少女の3人目はサディス――ではなく、レイナに訓練の説明していた武官のことだ。
「よし! 間隔をあけて、素振り1,000回! ……始め!」
兵士たちが訓練用の木剣を振り始める。
ネストが回数をカウントし、続けて兵士たちが復唱していた。
「ネストはあのように、毎日兵士たちと一緒に素振りをしているのですか?」
「はい。『俺が率先して振るから兵士たちもついて来るんだ』と言っていました」
「そうですか。ネストらしいですね」
レイナが目を細め、それを見た武官の少女がほんの少しだけ頬を膨らませる。
(……おっと? まさか、そういうことなのか?)
サディスは驚きつつも、どこか納得した表情を浮かべる。
ネストの良いところをたくさん知っているので、彼のことを好きになる女性は多いと思っていたのだ。
素振りのカウントが500を超えた頃、訓練場からネストの元気な声が響き渡った。
「お前ら! 声が小さい! そんなことではレイナ様に顔を覚えてもらえないぞ!」
彼がそう言うと、男たちの声が再び大きくなる。
「ネスト様、わたしたちは軍師様を狙っても良いですか?」
男たちとともに剣を振る、女兵士が尋ねた。
(オ、オレ!? っていうか、女性の兵士もいたんだな……)
そんなことを考えつつ、サディスの視線は自然とレイナに吸い寄せられる。そして、二人の瞳が互いの姿を映した。
「あー、うん。アイツはやめておけ。俺かハルバー殿ぐらいにしておくんだな」
「ええー。ネスト様は論外だし、ハルバー様は軟弱だし……」
「論外とはなんだ! お前だけ1,000回追加するぞ!」
「ひどーい」
二人の会話を聞いて、他の兵士たちが笑い始める。
(ちょっと緩みすぎじゃないか? こんなので命令を聞いてくれるのか?)
ネストの戦場での活躍を知るサディスですら不安になる。
「大丈夫ですよ。締めるところはしっかり締めてらっしゃいますので。まあ、わたしも訓練中に緩むのはどうかと思いますが……」
口ではそう言いつつも、武官の少女の目は優しかった。
◇
ここはスモーフ家の南側、ゴルダス家の本拠地。
この日、当主であるラース・ゴルダスが家臣団を集めて評定を行っていた。
「先の戦闘後、ルーザス家とスモーフ家はともに戦力の回復に努めているようです」
「そうか。次こそは、スモーフ家の兵を削ってくれることを期待したいものだ」
「前回は拍子抜けでしたからね。簡単な偽情報に踊らされて出撃し、兵站を絶たれて壊走。兵法の教科書が少し分厚くなる程度の戦果しか残せませんでしたからね」
一人がそう言うと、周囲の家臣たちが笑い始める。
「どれ、今度は正面から戦えるようにお膳立てをしてやろうか」
「またスモーフ家に謀略を仕掛けるのですか?」
ゴルダス家の軍師がラースに問いかける。
彼らは幾度となくスモーフ家の領内で流言飛語を発生させたが、目に見えた効果は出ていない。
「ああ。これまでに仕込んだのは遅効性の毒だ。だが、次は速い毒を仕込んでやろう」
ラースはニヤリと笑った。




