第24話 ネストの気配り
三日後、サディスは斥候からの報告を受けていた。
「ルーザス軍のかまどの数は昨日も半減していました。彼らは今日中に国境を越えると思われます」
「ありがとう。もう追撃は諦めたから、斥候隊にかまどの数を確認しなくても良いと伝えておいてくれ」
兵士は頭を下げてから部屋を出ていく。
後に残ったのはサディスとネストの二人だけだ。
「なあ、かまどは俺たちを油断させる罠だったんだろうか?」
「今になって思うと、追撃をためらわせるのが目的だった可能性が高そうです。サウザン殿にしてやられました……」
サディスが唇をかみしめる。
彼はかまどの報告を受けたとき、真っ先に伏兵の存在を疑った。
兵の逃走が相次いでいるように見せかけてスモーフ軍を油断させ、追撃部隊に奇襲をかける――そんな作戦がサディスの脳裏をよぎった。
ルーザス家にはサウザンという切れ者がいる。彼が関わっている以上、裏があると考えるのは当然のことであった。
ネストはサディスの肩をポンポンと優しく叩く。
「向こうにも知恵者がいたんだから仕方ないさ。それに、ルーザス軍をおびき出して打撃を与えた時点で俺たちの勝ち。これ以上を望めばバチが当たるってもんだ」
「ありがとうございます。ひとまず、レイナ様のところへ戻りましょうか」
「そうだな。きっと首を長くして待ってるぜ!」
二人は家臣の一人に砦の守備を任せると、兵士たちを率いて砦を出発した。
五日後、サディスは兵士たちとともに本拠地に凱旋した。
レイナは待ちきれなかったのか、城外に出て彼らを出迎える。
「レイナ様だ!」
「おれたちを出迎えてくれるなんて!」
兵士たちは彼女の出迎えに感激している。中には涙を流す者もいた。
誰かを見つけたのか、レイナが目を輝かせて大きく手を振る。
「おい! レイナ様がおれに手を振ってるぞ!」
「馬鹿を言え! 俺に決まってんだろ!」
レイナの視線の先にいた兵士たちがざわめく。
「単純な奴らだ。まあ、勘違いさせておく方が扱いやすくて良いか」
ネストのつぶやきは、兵士たちの熱狂によってかき消された。
その後、兵士たちは解散し、サディスとネストは応接室に通された。
「二人とも、よく戻りましたね。どうぞおかけになってください」
レイナの言葉に従い、サディスたちは席に着く。
「まずは二人ともご苦労様でした。ネストがルーザス軍の攻撃を食い止め、サディスが補給線を絶って砦を守り抜いたと聞いております。それに、撤退するルーザス軍に大打撃を与えた、と」
二人がはにかみながらうなずくと、それを見たレイナの表情も和らいだ。
「お二人は、ルーザス軍の強さはどう感じましたか?」
「部隊ごとに強弱が全く違うという印象です。優秀な指揮官が率いる部隊は相当強力ですが、それ以外の部隊はそれほど脅威に感じませんでした」
「俺もサディスと同じ意見です。正直、カムスが指揮する本隊は力押しばかりだったので簡単に対処できましたが、他の将が指揮していた別動隊には何度もヒヤリとさせられました」
サディスとネストの脳裏に浮かんだのは同じ人物。サウザンとクラーナ、それから老将マキュラーの三人だけだった。
レイナは二人の報告を聴いて眉根を寄せる。
「スモーフ家のツートップであるあなたたちですら苦戦するとなると、他の者たちでは相手にならないかもしれませんね……」
「他のみんなには悪いですが、俺もそう思います。今回の戦いは、俺とサディスが出たから掴めた勝利だと思います」
「そうなると、周辺国から同時に攻め込まれると厳しいですね……」
「残念ながら……。兵もですが、何より優秀な指揮官が足りません」
「ネスト殿、兵士たちの中に有望な者はいませんか? 見込みのある者がいれば、将として取り立てるのはどうでしょうか?」
「残念だが、アイツらはダメだ。猪武者しかいない」
ネストが遠い目をして答えると、サディスたちは肩を落とす。
「結局、同時に攻撃されないように立ち回るしかありませんね」
レイナの言葉に、サディスたちは首肯した。
それからしばらく様々な話題で盛り上がっていたが、急にネストが立ち上がった。
「すまない、二人とも。後輩に剣の指導をする約束があったのを忘れていたよ。レイナ様、申し訳ないですが、俺はこれで」
「は、はい。そういうことでしたら……。お疲れさまでした」
レイナもネストの勢いに圧倒される。
ネストは扉の前でくるりと振り返ると、二人に向かって告げた。
「じゃあ、後は若いお二人で」
「――っ!?」
サディスは首をかしげ、レイナは顔を真っ赤に染める。二人の反応を見たネストはしたり顔で応接室を後にした。
応接室に残された二人の間には、微妙な空気が漂っていた。
(レ、レイナ様はどうして急に黙り込んでしまったんだ!?)
ネストが出て行った後、レイナが赤い顔をしたままうつむいている。
当然のことながら、サディスはその理由に皆目見当がつかない。
レイナは吐息を震わせながらひとつ深呼吸すると、サディスに話しかけた。
「改めて今回の防衛戦、大儀でした」
「もったいなきお言葉です」
「……」
「……?」
だが、すぐに会話が途切れる。
こうなると、さすがのサディスもレイナの様子がおかしいことに気づく。
「レイナ様、どうなさいましたか? もしかして、今日はお疲れでしたか!?」
「い、いえ! そんなことはありません。私は元気いっぱいですよ! ですのでゆっくりしていってくださいね!」
(あれ、違うのか。いつもより顔が赤いし、元気が無い気がしたんだけどな……)
サディスは首をかしげる。
結局、夜になってサディスが帰るまで、ぎこちない空気のままだった。
◇
その日の夜。レイナは私室でしおれていた。
「サディスと満足に話せませんでした……。私はどうしてしまったんでしょう」
私室に戻ってから、彼女はずっとこんな調子だ。
そんな彼女を見かねて、今日も侍女のシンシアが声を掛ける。
「あんなにサディス様の帰りを待っていたというのに、戻ってきた途端にヘタレてしまうとは……」
「ヘタレって言わないでください! 私だってサディスを労おうと頑張ったんですよ!」
レイナが頬を膨らませる。
「その割にはまともに話せていなかったではありませんか」
「し、仕方ないでしょう! 話そうと思ってサディスの顔を見たら、なぜか胸が苦しくなって……」
レイナの声が徐々に消えていく。
「レイナ様ってその手の知識があるのか無いのか分からないですよね。……まあ、クシュー様やわたしが色恋沙汰から遠ざけたので、仕方ないところはありますが」
この年頃の男女、特に女の子は恋愛譚を好むことが多い。
だが、レイナは同世代の者たちと関わる機会が少なく、恋愛物の小説に触れることも無かったのだ。余談だが、サディスも恋愛には疎い。
「レイナ様のためにも、わたしが一肌脱いでみせましょう!」
シンシアは静かに闘志を燃やした。




