第23話 家臣たちの奮闘
二日後の明け方。サディスは騎兵隊とともに砦に帰還した。
「ただいま戻りました」
「おう! よく戻ったな!」
砦の守将を務めるネストがサディスたちを出迎える。
「ネスト殿もご無事で何よりです」
「へへっ! しぶとさだけが取り柄だからな。サディスも怪我が無さそうで良かったよ」
「後ろで指揮を執っただけですからね。兵士たちが頑張ってくれたおかげです」
二人はそのまま砦の中心に向かった。
「――そうですか。昨日もルーザス軍は攻めてきたんですね」
「ああ。だが、敵の勢いは三日前ぐらいがピークだったと思うぞ。昨日に至っては、動きがめちゃくちゃ悪かったからな。敵の兵が生ける屍のようだったぜ……」
「うわぁ……。ルーザス家に生まれなくて良かった」
二人は揃って身震いする。
(これは間違いなく兵糧が尽きている。ルーザス軍は今日か明日にも撤退するはずだ)
サディスは出撃する意思を固めた。
「敵が撤退したら追撃をかけましょう。ネスト殿は元気な兵を率いてルーザス軍の背後を攻撃してください」
「分かった。サディスはどうするんだ?」
「オレは騎兵隊とともに敵の退路に先回りします。敵の横っ腹を突き、カムスを震え上がらせてみせましょう」
いくらルーザス軍が空腹と士気の低下で弱体化しているとはいえ、退路を塞いでしまうと死に物狂いで攻撃してくるため被害が大きくなる。
兵数に劣る騎兵隊では側面を突くので精一杯だった。
「了解。トラウマになるぐらいビビらせてやれ!」
ネストが悪い笑みを浮かべた。
サディスは騎兵隊を編成すると、再び砦を発つ。
落ち着く暇もなく出撃することになったが、騎兵隊の兵士たちは快くサディスに従った。
「気をつけてくださいね。敵が追撃に備えていた場合は引き返すのも手ですから」
「分かった。サディスも気をつけろよ」
サディスは門の外まで見送りに来たネストと言葉を交わすと、騎兵隊を連れて出発した。
その日の昼頃。
サディスたちは砦から見て西、砦と国境の中間付近に到着した。
彼は兵士たちを物陰で休息させ、自身は目の前の街道を眺める。
(ルーザス軍は進軍時にあの道を通っている。恐らく撤退時も同じ道を通るはずだ)
そんなことを考えながら、サディスはルーザス軍が現れるのを待った。
しばらくすると、ルーザス軍の先頭が街道に現れる。
彼らは遠目から見ても分かるほど疲れ切っていて、足取りも重い。
「みんな準備しておいてくれ。ルーザス軍の先鋒が通り過ぎ、中軍が現れたら横腹を突くぞ」
サディスが静かに伝えると、兵士たちは無言でうなずいた。
ルーザス軍の先鋒が通り過ぎ、少し間を開けてからカムスが率いる主力部隊が現れた。
先鋒と比べると部隊が間延びしていて、緊張感にも欠けている。
「サディス様、そろそろ出ますか?」
馬上で攻撃のタイミングをうかがうサディスに、騎兵隊の一人が尋ねた。
「もう少し。あの部隊が中ほどまで通ったら突撃するぞ」
「分かりました」
サディスはカムス・ルーザスが居るであろう、部隊のやや後方に狙いを定めて時機を待った。
しばらくすると、カムスの大将旗が姿を現す。
「よし。みんな、突撃だ!」
サディスが号令をかけると、騎兵隊が雄叫びをあげながら大将旗を目掛けて突進する。
ルーザス軍の兵士たちは予期していなかった攻撃に慌てふためき、なす術もなく倒されていく。さらには、一合も交えずに武器を捨てて逃げる者が続出するほどの有様だった。
「お、お前たち逃げるな! ワシを守れ!」
「カムス様をお守りせよ! 敵を近づけるな!」
後方からやってきたルーザス軍の老将がそう叫ぶと、青い顔で震えるカムスの前に壁が出来上がる。
彼らが奮戦して騎兵隊の攻撃を防ぐ間に、ルーザス軍は態勢を立て直していく。
こうなると、数に勝るルーザス軍に分があった。
(戦果は十分。これ以上戦っても味方の被害が大きくなるだけだな)
サディスは退却を決断する。
「騎兵隊! 後退だ!」
サディスがそう指示すると、スモーフ軍の兵士たちが離脱していく。
「逃がすな! 矢をお見舞いしてやれ!」
乱戦状態が解消されたことで矢の雨が降り始めるが、サディスたちは必死にかいくぐって安全な場所まで退却した。
◇
その日の夜。
ルーザス家の陣では軍議が開かれていた。
「そうですか……。主力部隊の被害が想像以上ですね」
「サウザン殿が率いた殿の部隊は攻撃を受けなかったのですね」
「副将の指揮の賜物です。追っ手は来ていましたが、攻撃を断念して帰っていきました」
この日、ネストの率いる部隊はサウザン隊のすぐ近くまで迫っていた。
だが、部隊の統率に長けたクラーナに指揮を一任していたため、ルーザス軍の殿部隊は一糸乱れず行軍しており、追撃への備えも万全だった。
ネストは無理に攻撃すると自分たちも大きな被害を受けると判断し、追撃せずに引き揚げたのだ。
「それにしても、討ち取られた兵より脱走した者の方が多いとは……。何と情けない」
ルーザス家に長年仕える老将、マキュラー・ミノーワが憤りを見せる。サウザンは苦笑しつつ、前を向いた。
「マキュラー将軍、逃げ出した兵のことを考えても仕方ありません。今は残った将兵を一人でも多く領地に帰すための策を考えましょう」
「そうじゃな。サウザン殿に腹案はございますか?」
「我々が策を仕掛けていると思わせ、追撃を断念させましょう。有名な策ですが、炊事用のかまどを毎日半分ずつに減らします」
過去には、撤退時にかまどの数を毎日半々に減らして相手を油断させ、追撃してきた敵将を討ち取ったという例がある。
この話は兵法家の間では有名なので、かまどを用いた策を偽装すれば追撃を躊躇させられると判断したようだ。
「ですが、わが軍の兵糧が尽きていることは知られているはず。うまくいきますかね?」
「だからこそ、うまくいくはずです。兵糧が無いはずの我々がかまどを残せば、サディス殿は計略を疑って慎重になるはず。必然的に追撃の手も緩むでしょう」
ルーザス家の家臣たちは感嘆の声を漏らす。
これにはカムスも異を唱えなかったため、さっそく兵士たちにかまどをつくらせることになった。
軍議の後、サウザンは陣地の西門から外に出ると、空を見上げた。
そんな彼の隣に、仮面の人物が並ぶ。
「かまどの話、聞きましたよ。古の大軍師は撤退時にかまどの数を倍々に増やし、一兵も失わずに帰還したと聞きますが?」
「ふふっ。さすがはクラーナ、物知りだね。だけど、サディス殿はその話も知っていると思うんだ。だから、かまどの数を増やせば『ああ、あの軍師の真似をしているな』と察知されそうな気がするんだよね」
「……さすが。彼のことはお見通しですね」
クラーナが仮面の下で口を尖らせると、声色からそれを察知したサウザンが苦笑する。
「ごめん。僕が一番信頼しているのはクラーナだから、気を悪くしないでくれ」
「どうだか。サウザンが一番信頼しているのは、サディスの実力だと思いますよ」
そう言うと、サウザンからの返事を待たず、陣に戻っていった。




