第22話 腹が減っては
ルーザス軍の輸送部隊を撃破し、兵糧を奪ってから数日経った。
「サディス様、今日もルーザス軍は砦を激しく攻め立てているようです」
「そうか。守備は大丈夫か?」
「はい。ネスト様の指揮の下、守備兵たちがよく防いでいます。当分は落ちそうにありません」
戦況の報告を聴き、サディスは胸を撫で下ろす。
(カムスは兵糧を気にせずに攻めてきたか。まだ備えがあるのか、次の補給まで粘るつもりなのか。多分、後者だろうな)
サディスはそう結論付けると、将兵たちに声をかける。
「敵は今日も砦を攻めているようだ。恐らく、次の兵糧を当てにしているのだろう。友軍のためにも、もう一度輸送部隊を倒してやろう」
彼の言葉に、兵士たちは意気盛んな声を返した。
翌日。
木に登ってルーザス家との国境方面を見張っていた兵士が声をあげる。
「サディス様、国境付近に部隊の姿が見えます。数は前回の輸送部隊とほぼ同じです」
「来たか」
(護衛の兵士を増やしていない……。出発済みだったのかもしれないな。戦闘中に敵の増援が現れるかもしれないから、念のため警戒しておこう)
サディスはカムスのことを全く評価していないが、サウザンのことは強敵だと思っている。そのサウザンが2度も同じ失敗を繰り返すことは無いと確信していた。
「今回は厳しい戦いになるかもしれない。心して掛かるぞ」
サディスはそう言うと、防具の紐を強く結んだ。
やがて、サディスたちが目視できる距離まで輸送部隊が近づいてきた。
サディスはぐるりと周囲を見回す。
(他に敵の姿は無い……か。だが、油断は禁物だ)
サディスは両の頬を軽く叩いて気合を入れなおすと、騎兵隊に向かって号令をかける。
「さあ、出番だ! ルーザス家には切れ者の軍師がいるから、今回は簡単にいかないかもしれない。だが、君たちなら大丈夫だと信じている。砦を守る味方のため、そしてレイナ様のために、君たちの力を貸してくれ!」
騎兵隊の兵士たちが「オー!」と咆哮し、輸送隊に向かって突撃を開始した。
今回の輸送隊は敵襲に備えていたようで、サディスが率いる騎兵隊が現れると冷静に迎撃の態勢を整えた。
サディスたちは騎馬の機動力を活かしてルーザス軍の兵をかく乱し、数的不利を覆していく。戦況は徐々にサディスたちの方に傾いていった。
輸送隊の兵が残りわずかとなったとき、急報がもたらされる。
「サディス様! 南東に土煙が見えます!」
「ありがとう。念のため、火の用意をしておいてくれ」
「かしこまりました!」
報告に来た兵士が、そのまま別の兵士のもとに走る。
(南東……砦の方向か。さてはルーザス家の部隊が救援に来たみたいだな)
サディスの表情は硬かった。
輸送隊の残党を掃討し、サディスが部隊の態勢を立て直したころ、ルーザス軍の新手がやってきた。彼らは歩兵中心の部隊だ。
敵はサディスたちの迎撃態勢が整っているとみると、少し離れた場所で進軍を止めた。
(いきなり突撃してくるようなことはしない……か。冷静な指揮官だな)
増援の部隊は強行軍だったらしく、遅れていた兵士たちが徐々に追いついてくる。
最終的に、150人ほどの兵数になった。
(思ったより兵が少ない。誰かがカムスの反対を押し切って救援に駆け付けたのか?)
サディスの脳裏に一人の男の顔が浮かぶ。直後、彼の口が弧を描いた。
両軍はしばらくにらみ合っていたが、最初に動いたのはルーザス家の軍勢だった。
彼らは数的有利を活かすべく、軍を横長に展開させた。そして、サディスたちの部隊に向けて進軍を開始した。
「来るぞ! 備えろ!」
サディスは兵士たちに号令をかける。やがて、両軍の交戦が始まった。
ルーザス軍の兵士たちは三人が一組となって一人の騎兵にあたる。
サディスたちは兵糧を守りながら戦うことを余儀なくされたことで、騎兵の機動力をうまく活かせない。騎兵隊の兵士たちは苦戦を強いられていた。
サディスは戦況を好転させるべく様々な手を打ったが、いずれも冷静に対処されてしまった。
(このままでは被害が大きくなる。撤退しよう)
サディスはそう決断すると、一人の兵士に指示を与える。
しばらくすると、兵糧を積んだ荷車に火の手が上がった。
「全軍撤退だ!」
サディスがそう叫ぶと、騎兵隊はスモーフ家の領地に向かって逃走を始める。
歩兵中心のルーザス軍は、すぐに追撃を諦めた。
(完敗だ。いったい誰が指揮を執っていたんだ?)
サディスは馬を東に走らせながら後ろを見る。
そこには、燃え盛る兵糧を呆然と見つめるサウザンと、じっとサディスを見つめるクラーナの姿があった。
◇
「あああ……。大切な兵糧が焼かれてしまった。このままでは兵士たちが飢えてしまう」
「敵――サディスの方が一枚上手でしたね。奪った兵糧を焼いて逃げるとは」
クラーナは、走り去っていくサディスに視線を固定したままつぶやく。
「……仕方がない。カムス様にありのままを報告しよう。クラーナ、兵を指揮してくれてありがとう。君のおかげでスモーフ軍に兵糧を持ち帰られずに済んだよ」
「ですが、輸送部隊と兵糧を守れなかったことに変わりありません」
「それこそ君の言うとおり、サディスが一枚上手だっただけだよ。並の将なら奪った兵糧に火を放つことは出来ないはずさ」
相手の兵糧を燃やすのを躊躇する将は少ない。
だが、たとえ相手から奪った兵糧であっても、一度自分たちの所有物になってしまえば『もったいない』という気持ちが生まれてしまうのが人情だ。
その後、二人は兵をまとめると、陣地に向けて移動し始める。
だが、目の前で兵糧を焼き払われたことで、兵士たちは意気消沈していた。
「……マズい状況ですね。恐らく、兵糧が入ってこないことはすぐに兵たちの知るところとなるでしょう。もはや砦攻略どころではありません」
「そうだね。今度こそ撤退してもらわないと、僕たちは全滅してしまうかもしれない」
すでにルーザス軍の兵糧は尽きている。また、二日分の食料を五日間に分けて使用したので、食事量が少ないことへの不満が爆発寸前だった。
「次に輸送部隊が来るのはいつですか?」
「次も五日後のはず。急いでもらうように使者を送ったけれど、たぶん間に合わないからね」
「そう……ですか」
二人して肩を落とす。
スモーフ家とルーザス家の戦闘は、新たな局面に移ろうとしていた。




