第21話 兵站と損切りは重要
数日後、サディス率いる騎兵隊は国境付近で敵を待ち構えていた。
「おそらく今日か明日、敵の輸送隊が通るはずだ。いつ来ても良いように準備をしっかり整えておくように」
「はい!」
騎兵隊はスモーフ家屈指の精鋭揃いであり、レイナに篤い忠誠を誓っている兵士たちばかりである。そのため、士気は非常に高い。
兵士たちの力強い返事を聞き、サディスは口角を上げた。
事態が動いたのは、その日の昼を過ぎたころだった。
「サディス様! 前方から何かが近づいてきます!」
木の上にいる見張りの兵士が叫ぶ。
サディスは逸る気持ちを抑えつつ、兵士たちに指示を飛ばす。
「詳細が分かったら教えてくれ! 他の者は攻撃の準備だ!」
彼はそう言うと、自らも防具を身に着けた。
サディスたちが準備を終えたころ、再び見張りが声をあげた。
先ほどより少し小さな声だ。
「サディス様! 荷車が見えますので、輸送部隊に間違いありません」
「ありがとう。きみも下りて準備しておいてくれ」
「かしこまりました」
兵士はするすると木から下りると、慌てて装備を身に着け始めた。
(奪った荷馬車の操舵担当だから、そこまで急がなくても良いんだけどな)
彼の出番は敵の輸送部隊を撃破した後なので、まだまだ時間に余裕がある。
それでも急いで準備してくれる兵士の姿を見て、サディスは心が温まるのを感じた。
輸送部隊が騎兵隊の視界に入る距離まで近づいてきた。
すでに国境を越えてスモーフ家の領内に入っているというのに、護衛の兵は100人ほどしかいない。まるで、輸送隊が攻撃されることを想定していないかのようだ。
(サウザン殿が本隊に従軍しているという話だから、別の家臣が輸送隊の編成を行っているのだろうな)
サディスは一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
そして、兵士たちに不安を抱かせないため、声が震えないように意識しながら堂々と号令をかけた。
「砦や領地にいる仲間の命、そして何より、レイナ様の命運はオレたちの手にかかっている。みんな、行くぞ!」
「オオーッ!」
スモーフ家の騎兵隊が一斉に駆け出していく。
サディスは周辺を警戒しつつ、馬を走らせた。
「うおっ!? なんだなんだ!?」
「て、敵襲だ!」
「ひいぃ! 助けてくれえぇ!」
不意を突かれたルーザス軍の将兵が慌てふためく。
一部の兵士たちはすぐに反撃の準備を整えたが、大半は右往左往するばかりだ。中には戦わずに逃げ出す兵士もいた。
「逃げる者は追うな! 反撃してくる相手から順に倒せ!」
サディスが指示を出すと、スモーフ軍の兵士たちがそれに従う。
「おい! 隊長はどこだ!」
「どこにもいません!」
ルーザス軍の兵士たちは輸送隊長の指示を仰ごうとするが、彼は既に逃げ出していた。
指揮官を失ったルーザス軍は組織立った抵抗もできず、兵糧を残して敗走した。
「サディス様、荷物を調べましたが兵糧に間違いありませんでした」
「火薬や干し草などの可燃物は仕掛けられていないか?」
「はい。不審な物はありませんでした」
(兵糧自体が罠である可能性は無い……と)
「ありがとう。……敵は来ていないか?」
サディスは荷車の中身を確認した兵士に感謝を伝えると、周囲を見張っていた別の兵士にそう尋ねた。
「敵の姿はどこにもありません」
(兵糧を囮にしてオレたちを包囲する作戦でもなさそうだ。ここまではうまくいっていると見るべきだな)
これらの状況を踏まえてそう結論付けると、サディスは撤収を指示する。
兵士たちは手際良く準備を整えると、スモーフ家の領地に向けて荷馬車を動かした。
◇
その日の夕方。
ルーザス軍の本営では、カムスが不満を爆発させていた。
「何故じゃ! 何故、あの程度の砦が落とせんのじゃ!」
攻撃を始めてまだ二日しか経っていないのだが、カムスはスモーフ家の砦を一日で落とせると思い込んでいた。
そのせいで苛立ちが募り、指揮の精彩を欠くという悪循環に陥っていた。
「恐れながら申し上げます。どうやらスモーフ家の軍師であるサディス・ハークが防衛戦の指揮を執っている模様でございます」
「サディス・ハーク? 知らぬ名じゃな」
カムスだけでなく、大半の家臣たちが首をかしげる。
そのとき、一人の家臣がおずおずと手を挙げた。
「その者については少しだけ耳にしたことがあります。若いながらも頭の切れる男だそうです。また、レイナ・スモーフが彼のことを大変気に入っていると聞きました」
「ふん、くだらん。どうせ小娘の贔屓で出世しただけの小物だろう」
カムスが吐き捨てるように言うと、それを聞いたサウザンが反論する。
「カムス様、サディスという男を侮ってはなりません。彼は相当な切れ者の上、主君のためなら何でもする男です。この戦においてもどんな謀略を仕掛けてくるか分かりませんので、どうか油断なさらぬよう」
「……やけに詳しいな? まさか、サディスと通じているのではあるまいな?」
「何をおっしゃいますか! 誓ってそのようなことはございません」
「……ふん、まあいい。それより、あの砦を落とす策を持つ者はおるか?」
カムスが家臣たちに問いかけると、サウザンと仲の良い男が手を挙げた。
「クラーナ殿のお力を借りるというのはいかがでしょうか。彼は大軍を率いるのは不得手ですが、少数の兵の扱いに限れば天才的です。ですので、彼に別動隊の指揮を任せ、砦の裏側を攻めてもらえば良いのではありませんか?」
家臣たちが色めき立ち、好意的な反応を示す。
だが、カムスだけは否定的だった。
「あの男は好かん。ワシの前でも仮面を被るなど、礼儀の欠片も感じぬからな。そんな男に大事な兵を任せられぬ」
「ですが――」
「くどい! 今後この話は禁止じゃ。よいな!」
家臣は引き下がったが、カムスに一喝されてしまう。
他の家臣たちも残念そうな表情を見せた。
その後も軍議は続いたが、なかなか妙案が出ず、時間だけが過ぎていく。
いつしか、カムスを始めとした参加者たちの顔に疲労の色が浮かんでいた。
そんな折、一人の兵士が本営に飛び込んでくる。
「い、一大事でございます!」
「何じゃ、騒々しい。今は軍議中じゃぞ?」
兵士はカムスに睨みつけられるのも構わずに続ける。
「味方が輸送していた兵糧が奪われました!」
「な、何じゃと!?」
カムスはそのまま地面にひっくり返る。
「サウザン! 手元にある兵糧は残り何日分じゃ?」
「……残り二日でございます」
「何故そんなに少ないのだ! もっと持ってくるようにと言ったであろう!」
「準備に七日かかると申し上げたのに、三日で出陣したのはカムス様ですよ! そんな短期間で十分な兵糧を用意できるはずが無いでしょう!?」
「お二人とも、どうか落ち着いてください! 今はこの状況を乗り切る方法を考えるべきですぞ!」
カムスとサウザンの口論を見かねた家臣が割って入る。
「む……。これは失礼いたしました。貴殿のおっしゃる通りですね」
サウザンはすぐに冷静さを取り戻し、謝罪する。
しかし、カムスは不機嫌な表情をしたままだ。
「サウザン殿、次の兵糧はいつ到着予定ですか?」
「……五日後です」
家臣たちがざわめく。一人がカムスに歩み寄り、撤退を進言した。
「恐れながら申し上げます。兵糧が無くては砦を落とせませぬ。一度軍を引いて出直すべきかと」
サウザンを含めた多くの家臣たちがその言葉に賛同するが、カムスは首を横に振る。
「撤退などせぬぞ! 兵糧が無いなら敵の砦を落として奪い取れば良い。兵糧が足りぬことを将兵に喧伝せよ! そうすれば兵士たちも必死に戦うであろう。背水の陣という奴じゃ!」
家臣たちはカムスを諫めたが、彼がその作戦を思いとどまることは無い。
そして翌日、兵糧が残り僅かであることがルーザス軍の兵士たちに知れ渡った。




