第20話 ルーザス軍、来たる
ある日のこと。サディスたちはレイナに呼び出された。
評定開催日ではないにもかかわらず、会議室には全ての重臣が集められている。
(これは、何か緊急事態が起こったと見るべきだな)
家臣たちも同じ考えのようで、固唾をのんでレイナの言葉を待つ。
「ルーザス家がこちらに向かって進軍を始めたという急報が入りました」
「……来たか!」
サディスが身を乗り出す。
彼は策略が成功したことを喜ぶ以上に、この機を逃すまいと気を引き締めた。
「サディス、敵を撃退する策はありますか?」
「ひとまず前線の守備を固めましょう。攻めてきたタイミングからして、ルーザス家は長期戦に必要な物資を持ってきていないと思われます。ですので、守りを固めて兵糧が尽きるのを待つのが良いでしょう」
他の家臣たちから反対意見は出ず、サディスの提案が採用される。
(帰参した直後のことを思うと、ずいぶん信頼を勝ち取れたものだな……)
サディスは目を閉じ、これまでの日々に思いを馳せた。
スモーフ家の家臣たちは急ピッチで出陣の準備を整えた。
そしてこの日、サディスを総大将とする軍勢が西に向けて出発しようとしていた。
「それでは、行ってきます」
「サディス、みなさん、どうかお気を付けください」
城外まで見送りに来たレイナが、前線に向かう者たちを心配そうに見つめる。
そんなレイナを安心させるべく、サディスは優しく笑いかけた。
「ここまではオレの予想通りに事が運んでいます。レイナ様は大船に乗ったつもりで吉報をお待ちください」
「分かりました。……無事戻ってきてくださいね?」
レイナの言葉にドキッとしたサディスだったが、すぐに気を引き締め直して出発した。
五日後、サディスたちはルーザス家との国境にある砦に入った。
この砦はレイナの祖父であるクシューが建てたもので、小規模ながら守備力に優れている。砦の守備兵は300人ほどだ。
(進軍ルートから考えると、ルーザス家の軍勢は間違いなくこの砦を狙っている。ここまでは想定通りだな)
思い描いた通りに事が運んでいるが、サディスの表情に笑顔は無い。
この砦で戦えば有利というだけで、確実に勝てるわけではないからだ。
物見櫓からルーザス家の領地を見ていたサディスに、副将のネストが話しかけた。
「サディスは今回の戦いをどう見ている? カムス・ルーザスがうちの約10倍、3,000ほどの兵を率いているそうだが……」
「敵は短期決戦のつもりで来ているでしょうから、兵糧が尽きるまでこの砦を守り抜けば撤退を始めるでしょう」
「だが、敵にはサウザン・ドゥーイがいる。彼なら兵糧の都合をつけてくるかもしれんぞ?」
それはサディスも懸念していたことだった。
「そうですね。サウザン殿のことですから、準備できた兵糧だけを持参し、不足分は順次輸送してくるのではないかと予想しています」
「……その顔。まさか兵糧の輸送部隊を襲撃するつもりか?」
「はい、その通りです。兵糧が届かないと分かれば、敵の士気は大きく下がり、戦線を維持できなくなるでしょうからね」
サディスの目が妖しい光を放つ。
「……ホント、お前が味方で良かったよ」
ネストは呆れたような表情でサディスを見つめた。
数日後、ルーザス家の軍勢が現れた。
彼らはそのまま砦の西側に陣を敷き始める。
サディスとネストはその様子を、物見櫓から眺めていた。
「包囲してこなかったな」
一般的には、10倍の兵がいるならば包囲するのが良いとされる。
二人もそれを知っているので、ルーザス軍の動きを見てニヤリと笑った。
「簡単に落とせると高をくくっているのかもしれませんね。これは好都合です。夜陰に乗じてオレたちは出陣します」
「分かった。砦の守りは任せておけ。……気をつけてな?」
「ネスト兄さんもお気をつけて」
「その呼び方、久しぶりだな。今生の別れかもしれないから、良いことを教えといてやるよ」
(縁起でもないなぁ……)
サディスが苦笑するが、ネストは構わずに続ける。
「レイナ様も当主になるまでは『ネスト兄さん』って呼んでくれたんだぜ? 羨ましいだろ」
「何の話ですか……」
余談だが、レイナとサディスは幼少期から『レイナ様』『サディス』と呼び合っていたので、当時から変化は無い。だから何だという話であるが……。
次の日の夜明け前。サディスは30人の手勢を率いて砦を出た。
サディスが率いるのは少数精鋭の騎兵隊だ。
その機動力と戦闘力の高さを活かして後方の錯乱と兵糧輸送の妨害を担う。
「ひとまず砦から離れるぞ。夜明けまでにルーザス軍の視界の外に出るんだ」
兵士たちが無言でサディスの指示に従う。
彼らは音をたてないよう慎重に、砦から離れていった。
◇
同じ日の朝。
ルーザス家の陣内で、サウザンとクラーナが砦を眺めていた。
「スモーフ家の軍勢が夜襲を仕掛けてくると思っていましたが、来ませんでしたね」
「せっかく罠を用意して待っていたのに。残念だ」
言葉とは裏腹に、サウザンの表情はどこか楽しそうだ。
彼を横目でちらりと見たクラーナが眉間にしわを寄せる。
「そもそも、何でサウザンまで従軍しているのですか? いくら頭が切れるからと言っても、文官を最前線に連れてくるのはおかしいですよ」
クラーナの言うとおり、サウザンは後方支援のスペシャリストだが兵の指揮は苦手だ。
運動神経も良くないので、剣の腕は新兵以下であり、馬にも乗れない。
それでいて代えの利かない人物なのだから、はっきりいって、前線にいてはいけない人だ。
「まあまあ、落ち着いて。下手な佞臣が軍の指揮権を持たないように監視できるから、悪いことばかりじゃないさ」
「ですが、サウザンの武芸はからっきしですから、乱戦に巻き込まれるようなことがあれば即死ですよ!」
「……巻き込まれないように気をつけるよ」
サウザンは冷や汗を流しながら答える。
「だいたい、あの人は何を考えているんですか! セオリーに反してサウザンを前線に連れてきたと思ったら、軍師にするわけでもなく少数の兵の指揮官にしておしまい。これなら居城の守備を任せたほうがマシですよ!」
「こらこら。カムス様に聞こえたら追い出されちゃうよ?」
「わたしはサウザンの客将ですし、関係ありませんよ。……まあ、これぐらいでやめておきます」
クラーナが大人しくなる。これ以上カムスの文句を言って、万が一本人の耳に入れば、割を食うのはサウザンなのだ。
この心優しい友人が、無能な主君に叱責されたり、閑職に追いやられたりするのはクラーナの本意ではない。
「クラーナ、ゴメンね。君にも部隊の一部を指揮してもらうことができたかもしれないのに、僕が不甲斐ないせいで小規模部隊の副将止まりだ。君の実力を天下に知らしめるチャンスだったのに……」
「謝らないでください。他でもないサウザン隊の副将ですから、わたしは満足ですよ。二人で力を合わせ、あの人を見返してやりましょう!」
クラーナの言葉に、サウザンは目を細めた。




