第19話 顔と言葉に仮面をつけて
この日、サディスは自宅の応接室にいた。それも、正装で。
(まさか、向こうから乗り込んでくるとは……)
意匠を凝らした小さな机の対面には、サウザン・ドゥーイが座っている。
「初めまして……ではありませんね。サディス・ハーク殿」
どうやらサウザンは、ルーザス領の居酒屋で会った男がサディスだと気づいたようだ。
「ええ。お久しぶりです。……そちらのお方は?」
サウザンの隣では、付き添いの人物がサディスに興味深そうな視線を向けていた。
その人物は顔に仮面を着けていて、目元以外は仮面の下に隠されている。
(何で仮面を着けているんだ? 目元の雰囲気を見るに、女性だろうか?)
「これは失礼、紹介が遅れました。彼は僕の友人で、ルーザス家の客将でもあるクラーナ・ホーリーです。サディス殿に興味があると言うので、連れてきてしまいました」
(あれ? 男性だったのか。余計なことを言わなくて良かった……)
クラーナは小さく頭を下げるが、仮面を外すそぶりは無い。
フードで顔を隠したまま当主と面会した少女を知っているので、サディスも平然としている。むしろ、クラーナの事情を推し量る余裕すらあった。
(やっぱり顔を見せてくれないんだな。何か事情があるのかもしれないし、深く言及するのはやめておこう)
サディスの考えを見通したかのように、サウザンが笑みを浮かべる。
「ご理解いただき感謝します。クラーナは僕にも素顔を見せてくれないんですよ」
彼はそう言って肩をすくめる。
(友人のサウザン殿ですら見たことがないなら、一生見る機会が無さそうだな)
サディスはすぐに仮面の下への興味を失い、サウザンとの対話に意識を向けた。
「それで、今日はどのようなご用件ですか?」
「サディス殿には何度か領内に足を運んでいただきましたし、今回は僕から会いに行こうと思った次第です」
(言ってくれるなぁ……)
サディスは不敵に笑う。彼は目の前の強敵との対話を楽しんでいるようだ。
「これはこれは……。今度はこちらが手土産を持って訪ねないと、礼を欠いてしまいますね」
「お気持ちだけありがたく頂戴しておきます。……それより、スモーフ家の領内を少しだけ見て回りましたが、領民たちの活気に驚かされました。レイナ・スモーフ殿は素晴らしい政治をしていらっしゃる」
「ルーザス家の大黒柱であるサウザン殿にお褒めいただけると、喜びもひとしおです。あなたとは敵味方に分かれていますが、民のことを第一に考えるという志は同じであると確信していますからね」
それを聞いたサウザンは、「おや?」と漏らして目を見開いた。
「サディス殿は主君のことを第一に考える人だと思っていましたが?」
「例えそうでも、主君が民のことを第一に考えているのであれば、実質民のことを第一に考えていると言えるのではないでしょうか?」
「ははっ。これは一本取られました。やはりサディス殿とお話しするのは楽しい」
「オレもですよ。あなたが味方だったらと思うあまり、夜も眠れなくなるほどです」
サディスがそう言った途端、クラーナが刺すような視線を向ける。
「ははは。まるで恋する乙女ではございませんか。ですが、僕がサディス殿を寝取ってしまえばレイナ殿に刺されてしまいそうです」
「レイナ様は寛大なお方ですから大目に見てくださいますよ。サウザン殿がお望みでしたら、オレが間に立ちましょうか?」
「お気持ちだけ頂戴しておきます。サディス殿こそ、パイプが必要でしたらいつでもお声がけください」
「必要になれば声を掛けますね」
サディスがそう言ってからお茶を飲むと、サウザンも同じように一服する。
クラーナは警戒を込めたまなざしでサディスを見つめていた。
夕方になり、サウザンたちが帰宅するということで、サディスは屋敷の外まで見送りに出ていた。
「サディス殿、今日は楽しい時間をありがとうございました」
「こちらこそ、ご足労いただきありがとうございました。クラーナ殿もお元気で」
サディスの言葉に、クラーナは会釈だけを返す。
そんなクラーナの態度に、サディスは苦笑する。
(やれやれ、最後までクラーナ殿の声を聞けなかったな……)
今日のサウザンはサディスを強く警戒しており、情報を漏らさない。
そこでサディスはクラーナに狙いをつけたが、うまくかわされてしまった。
二人の姿が見えなくなると、サディスは自宅に戻った。
彼は応接室に入ると、警備を担当していた私兵のリーダーを労う。
「お疲れ様。助かったよ」
「ありがたきお言葉でございます。ですが、あの二人を帰しても良かったのですか? いつものようにご下命くだされば、追いかけてでも始末いたしますが?」
「あの二人は構わないよ。……今のところは、ね」
「かしこまりました」
リーダーはそう言うと、応接室から出ていく。
(やるのは、味方になる可能性が完全に潰えてからで良い)
サディスは静かに笑った。
◇
数日後。ここはカムス・ルーザスの居城にある大広間。
カムスの招集により、家臣たちが一堂に会していた。
家臣団を代表し、サウザンが一歩前に出る。
「カムス様、お呼びでしょうか?」
「うむ。我々はスモーフ家に侵攻する。サウザン、三日以内に兵糧と武器の準備を整えよ」
「さすがに三日は不可能です。せめて十日……いえ、七日で良いので時間をいただけませんか?」
その言葉を聞き、周囲の家臣たちが声を潜めてサウザンを称賛する。
「……相変わらず頼りになるお方じゃな」
「……我らでは二十日あっても足りないでしょうね」
彼らもサウザンの非凡さはよく知っており、カムスが無理難題を要求していることも理解している。
だが、それを指摘してカムスの機嫌を損ねると厄介なので、家臣たちはサウザンに同情の視線を送るだけだった。
「うるさい! 三日といえば三日だ! 噂では敵の守備は手薄になっていて、すぐに出陣すれば容易に突破できるのだ!」
「何度も申し上げていますが、その噂はスモーフ家の者が流した偽情報に違いありません! そのような計略に乗らず、今は国を富ませるべきかと」
主戦派とカムスを妄信する家臣は首を傾げるが、大半の家臣たちはサウザンの発言にうなずく。
「そんな悠長なことをしていられるか! 一秒でも早く失った領地を取り戻し、憎きクシュー・スモーフの孫娘を血祭りにあげるのだ!」
しかしカムスは聞く耳を持たず、一方的に進軍を言い渡したのだった。




