第18話 レイナたちの葛藤
数日後。
サディスはルーザス家に謀略を仕掛けに行き、留守にしている。
スモーフ家の家臣たちはサディスの作戦が成功すると信じて疑わず、急ピッチで戦の準備を進めていた。
今日のレイナは一人、私室にこもって仕事をしている。だが、その表情は冴えない。
「はぁ……」
何度目かのため息を吐き、書類とのにらめっこを中断する。
レイナは顔を上げ、そのまま天井を眺めた。
「私の秘密、サディスにだけでも伝えるべきでしょうか」
レイナは以前、自分が未来――周辺国の攻撃を受けて敗北し、捕らえられて処刑される人生――の記憶を持っていることを打ち明けようとした。
結局、その時は怖気づいて話せなかったのだが……。
「仕方ないではありませんか! サディスに変な女の子だと思われたくなかったのですから!」
彼女はその理由をまだ知らない。
書類の中にサディスの名前を見つけたレイナは、その上を指で優しくなぞる。
「……それに、私の知っている未来ともずいぶん展開が変わってきました」
サディスの帰参とミルの仕官から始まり、ヴィクタル家との同盟にルーザス家への謀略。
変化の中心にいるのはいつもサディスであり、彼のおかげで未来がより良い方向に進んでいるという確信を持っていた。
今となってはサディスの居ないスモーフ家など考えられないし、一度目の人生で彼抜きのスモーフ家が半年近く生き残っていたのが不思議になってくる。
まあ、実際には攻め込まれるまでが長かっただけで、周辺国の侵攻を受けてからは1か月も持たなかったのだが……。
「ですが、私の知っている情報が何かの役に立つかもしれません。怖いですが、サディスに本当のことを明かすべきなんでしょうね。……うう、頭では分かっているのですが、気持ちの整理がつきません」
レイナがサディスに秘密を打ち明けるのは、まだ先になりそうだ。
◇
一方そのころ、ルーザス家では当主のカムス・ルーザスが葛藤していた。
「ううむ、もう少し兵たちを鍛えてから攻め込むか、敵が兵を増やす前に攻め込むか。どちらが良いものやら……」
どうやら、スモーフ家に攻め込む時期について頭を悩ませているようだ。
彼はそのまま考え込んだが、答えが出ることは無かった。
1時間ほど経った頃、突如カムスが立ち上がった。
「ええい! 部屋の中にこもっていても考えがまとまらぬ! こうなったら気晴らしに街を散策しよう」
そう決断すると、準備を整えて街に繰り出した。
カムスは家臣と護衛を従えて街の大通りを闊歩する。
「いつ見ても良い街じゃ。さすがワシの領地じゃな」
「はい。カムス様のご威光によるものでございます!」
付き添いの家臣が揉み手をしながら称賛すると、カムスは胸を反らせた。
この家臣は本気でカムスのおかげだと妄信しているのだから、質が悪い。
「……実際はサウザン様のおかげなのに、よく言うよ」
「シッ! 聞こえるぞ」
護衛の兵士たちは二人のことを冷ややかな目で見ていた。
その後、カムスたちは夕方まで散策を続けた。
「ふぅ。満足じゃ! 良い気分転換になったわ!」
「それはようございます。今ならばいつもに増して名案が浮かぶことでしょう!」
二人は上機嫌に街を歩き、後ろに疲れた表情の兵士たちが続く。
一行が街の中央にある広場に差し掛かると、近くにいた領民たちの話し声が聞こえてきた。
「へえ。スモーフ家って意外と大変な状態なんだな」
「ああ。だから、クシュー・スモーフに奪われた領地は案外簡単に戻ってくるかもしれないぜ」
「……それにしてもお前、よくそんなことを知ってるな」
「さっき出会った旅の人が教えてくれたんだ。若いのに、すごい情報通だったんだぜ」
会話の一部を聞いたカムスは、彼らのもとに近づいて行った。
「その話、詳しく聞かせてもらえんか?」
「えっ? カ、カムス様!?」
領民たちは飛び上がるほど驚いた。
彼らから話を聞いたカムスは、今日一番の笑顔を見せた。
「ふむ。つまり、スモーフ家は慌てて兵を雇ったが、訓練が全然進んでいないから使いものにならない。それに、クシュー・スモーフが築いた砦の耐久力を過信している、と」
「はい。おっしゃる通りでございます」
「他に旅の者は何か言っておったか?」
カムスが問いかけると、領民は「ええと……」と言いよどむ。
「何じゃ? 何と言っておったのか申してみよ」
鋭い視線を向けられ、領民は怯えながら口を開いた。
「その……スモーフ家の領内では『カムス様はクシュー・スモーフの築いた砦に攻め込む度胸が無い』との噂で持ち切りだと」
「な、な、な!?」
カムスの顔が茹でたように赤く染まる。
それを見た領民たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「おのれ、虚仮にしおって! 今すぐにでもスモーフ家に攻め込み、クシューの孫娘をひっ捕らえてくれるわ!」
カムスは肩を怒らせて居城に向かって歩いていく。
家臣も「目にもの見せてやりましょう!」などと言っていて、カムスを止める気配が無い。
「これはマズいことになった。サウザン様に報告しよう!」
兵士たちはうなずき合うと、一人がサウザンのもとに走った。
その後、サウザンは兵士から報告を受ける。
「ありがとう。僕もできる限りカムス様を説得してみるよ」
「よろしくお願いします」
兵士は深々と一礼すると去っていく。
「やれやれ、マズいことになったぞ」
残されたサウザンは、困り顔で頭をかいた。
サウザンが大広間を訪れると、そこではカムスが数人の腹心たちと侵攻の日程やルートについて話し合っていた。
彼らはサウザンが来たことに気づくと、微妙な表情を浮かべる。
「話は聞かせてもらいました。カムス様が聞いた情報は、スモーフ家が流した偽情報に間違いありません。彼らはカムス様をおびき出そうとしているのです!」
「ふん、だから何だというのだ。スモーフ家の弱兵など、罠ごと叩き潰してくれるわ!」
「敵を侮ってはいけません。新兵たちの訓練が終わるまで待てば、自ずと戦力差は開きます! そうすれば、より優位に――」
「そんなに愛しの女領主と矛を交えるのは嫌か?」
誤解だと説明したにもかかわらず、手紙の件を蒸し返してくる主君に、サウザンは顔をしかめる。
「でしたら、せめてゴルダス家に援軍を要請してください! 彼らと連携して攻めれば、戦闘を楽に進められます」
「その時間がもったいない! ワシらだけで十分勝てる戦じゃ!」
サウザンはルーザス家が少しでも有利になるようにと献策を続けたが、すべて却下されてしまった。




