第1話 転換点
「そういえば、今日はレイナ様の誕生日だな」
レイナが悪夢を見た日の昼下がり。
とある街の大通りを歩いていた少年――サディス・ハークは、今日が幼馴染の誕生日だったことを思い出した。
サディスは10年ほど会えていない幼馴染に思いを馳せる。
(そういえば、オレが旅に出るまでは毎日一緒だったな)
二人は同い年だがサディスの方が先に生まれたこともあり、レイナはまるで妹のように彼の後ろをついて歩いた。
(そうそう。オレが旅に出る日、寂しがったレイナ様が大泣きしたんだよな。懐かしいなぁ)
サディス自身もボロボロと泣いていたのだが、そのことはすっかり忘れているようだ。
レイナのことを思い出すうちに、サディスにとある願望が芽生えてきていた。それは――
「久しぶりにレイナ様に会いたくなってきたな」
「今すぐにでも会いに行くべきかと」
「うわぁ!」
サディスは驚いて立ち止まり、慌てて周囲を見回す。
そして、存在感の薄い、小さな露店を発見した。
露店の前には『占』という文字が書かれた看板が出ていて、ローブを着た店主の前には水晶玉が置かれている。
声の調子からして占い師は女性のようだが、フードを深く被っているせいでサディスからは彼女の顔が見えない。
サディスは怪訝な表情を浮かべながら露店に近づいた。
「さっき声を掛けてきたのはアンタか?」
「はい。独り言が聞こえてきましたので、助言を差し上げました」
願望が口から漏れていたこと、そしてその言葉を聞かれてしまったことを知り、サディスは赤面する。彼は恥ずかしさをごまかすように、占い師に尋ねた。
「それで、会いに行くべきっていうのは?」
「あなたを占ったところ、凶兆が見えました。近々、あなたにとって非常に良くないことが起こるでしょう。それに備えて大切な人のそばに居るべきだと申し上げた次第です」
(……昔、誰かに同じことを言われた気がするな)
どこかで聞いたことのある言葉に感じたが、いつ、誰に言われたのかまでは思い出せなかった。
やがて、彼は自分の思い違いだと結論付ける。
(まあ良いか。そんなことより修行の方が大事だ)
サディスはそう考えると、占い師の助言を無視して歩き出そうとした。その時――
(なんだ……これ)
彼の脳裏に、ある光景が浮かび上がってきた。
修行を終えて足早に領地に戻るサディス。だが、領地はすでに敵国の手に落ちていて、幼馴染のレイナも死んでいた。それを知った未来のサディスは、深い悲しみと後悔に苛まれて自らの胸にナイフを突き立てる――
「――様、サディス様! しっかりしてください」
占い師に名前を呼ばれてサディスは我に返る。占い師が心配そうに見つめていた。
(何だったんだ、今のは?)
先ほど鮮明に浮かんだはずの出来事は、もやがかかったように思い出せなくなっている。サディスの中にあるのは、漠然とした焦燥感だけだった。
「レイナ様を救わないと」
「サディス様? いったい何を――」
「ありがとう! オレ、急いで行くところができたから!」
そう言いながらサディスは領地に向かって駆け出していく。
彼の心の中は『幼馴染を救いたい』という思いでいっぱいだった。
サディスが走り去った後、一人残された占い師は小さく笑みを浮かべる。
「……またお会いできることを楽しみにしていますよ。サディス様」
彼女はそう言うと、道具を片付け始めた。
◇
ところ変わって、ここはとある国の本拠地。
この国の当主、カムス・ルーザスが部下から報告を受けていた。
「なにっ!? クシュー・スモーフが死んだ!?」
「はい。『梟雄』と恐れられた男も、寿命には勝てなかったようです。スモーフ家はクシューの孫娘である、レイナ・スモーフが継いだとのことです」
カムスは肩を震わせ、小さな声を漏らす。その声は徐々に大きくなっていった。
「フハハハハ! 遂にあのクシュー・スモーフが死んだか! 奴を失ったスモーフ家などワシの敵ではないわ!」
カムスは手を叩いて喜ぶ。彼はクシューとの戦いに幾度となく敗れ、領地の一部を奪われていた。
その恨みを一日たりとも忘れたことはなく、常に復讐の機会をうかがっていたのだ。
「すぐに兵を集めて訓練を施すのだ! スモーフ家に借りを返すぞ!」
「ははっ!」
命令を受けた家臣が部屋を飛び出していった。
「フフフ。待っておれ、スモーフ家の小娘よ。必ずや貴様を捕らえ、祖父のもとに送ってやるからな!」
カムスはそう言うと、猟奇的な笑みを浮かべた。




